白井敬祐先生(ダートマス大学腫瘍内科准教授)01|DOCTORY(ドクトリー)

DOCTORY INTERVIEW

ダートマス大学 腫瘍内科准教授

白井敬祐(しらい・けいすけ)先生

患者と医療者
立場を超えて、思いをくむコミュニケーションが
前向きな医療をつくる

2010年、厚生労働省が「チーム医療の推進に関する検討会」報告書を公開してから、およそ9年。他職種が連携するチーム医療の必要性は広く指摘されるようになり、実践もさまざまな形で試みられるようになった。しかし、定期的にカンファレンスを開催するだけ、チームはあっても意思決定のプロセスは一方通行……などその実態はさまざまで、理想と現実との間には、依然いくばくかの乖離があるようだ。

一方、古くから医療界で議論となる「患者・医師間のコミュニケーションのあり方」も、あるべき姿は語られているものの、現場での取り組みの難しさに悩む医療者は多いだろう。

長く米国でがん医療に携わるダートマス大学腫瘍内科准教授、白井敬祐さんは、そんな日本に「チーム医療」と「コミュニケーション」の素晴らしさを伝え、広めたい、と話す。いま、白井さんに海を越えて日本から講演依頼が殺到するのは、日本の医療界が白井さんの持つ“熱量”に、現場の悩みや疲れを打ち払う役目を期待するからかもしれない。

汗にまみれた青春時代
学びたい“師匠”は自力で探す

◆患者満足度がほぼ満点

進行がんの治療において、A、B、Cと3つの選択肢があるとする。それぞれの効果に対する期待が同程度の場合、あなたが医師であれば、患者に「ご自身で決めてください」と意思決定を委ねた経験はあるだろうか。あなたが患者側である場合、そのように委ねられたり、同様のケースを見聞きしたりしたことがあるだろうか。

インフォームドコンセントや医療の自己決定という言葉が、日本でも一般に知られるようになって20年以上が経つ。その理念に基づけば「あなた自身が決めて」という投げかけは至極妥当のようにも思えるが、個人の権利についての意識が高い米国で、がん患者と向き合う白井敬祐さんの考えは違う。「僕は決して“It's up to you.”(あなた次第です)とは言いません。『一緒に決めましょう』“It is up to us.”です。患者さんの決定を助けるのが僕たち専門医ですから」

白井さんは現在、米東海岸、ニューハンプシャー州にあるダートマス大学で准教授(Associate Professor)を務めている。ハーバードやプリンストン、イェールなどと並び称される「アイビーリーグ」8大学の一角を占める名門だ。所属は大学傘下のダートマス・ヒッチコック・メディカルセンターの腫瘍内科。白井さん自身は肺がんや、皮膚がんの一種メラノーマ、そして緩和医療を専門とする。

センターのウェブサイトには白井さんはじめ医師のプロフィールページがある。日本でもよく見るものだが、驚くのは“Patient satisfaction ratings”、つまり患者満足度と、“Patient comments”、患者コメントの欄があることだ。「満足度」の方は、グルメサイトのように5段階評価がついている。「説明が明瞭である」「丁寧に話を聞いてくれる」など評価項目は6つあり、白井さんの評価はすべて4.9か5。評価した患者はいずれも100人近くいるにもかかわらず、だ。白井さんの人気が非常に高いのは間違いない。

ニューハンプシャー州は米国独立時の13州の一つ。いわば米国の古都であり、住民の9割以上は白人で、その伝統的な価値観が根強い土地柄だ。そんな中で日本人の白井さんが、圧倒的な患者の支持を得る理由はどこにあるのか。実は日本でも、その秘密を知りたいという声は強く、近年、白井さんは年に数度帰国し、各地の大学、病院などで講演を行っている。専門分野の最新情報がテーマとなることも多いが、米国の医療事情、特にチーム医療の実践方法や、医師・患者関係の構築法に関するレクチャーを求められることが増えているという。

◆「同じページに載っているか?」

「アメリカでは“Are we on the same page?”という表現をよく使います。医師、看護師、患者さんとその家族、その全部が『同じページに載っているか?』。つまり皆が患者さんの治療について同じ方向を向いて努力しているか?という意味です。このこと、簡単なようで、皆がかなり努力しないと維持できないんですよ」

例を挙げてくれた。「たとえば僕がある患者さんに抗がん剤を処方しても、実際に点滴をする化学療法担当の看護師が心の中で『Dr.白井は、この患者さんにまだ抗がん剤を使うつもりなの?』という疑問や不信を感じてたら、それは患者さんにも伝わってしまいます。これは僕と看護師が『同じページ』に載っていないことで生じる弊害です」。患者が治療の継続を求めていないのに、その家族が「どうしても続けてほしい」と粘るようなケースも、患者と家族が「同じページに載っていない」と言うのだそうだ。

「患者さんと“on the same page”になってへんなあ、と思ったら、僕は仲間の看護師に援助を頼みます。車を買う時、同じディーラーのセールスの人から『この車いいですよ』と3回言われるより、同僚が気に入っていたり、ウェブでのレビューが良いとか、親戚が乗っていて満足度が高いといった別の角度からの話の方もあったりした方が、心が動くやないですか。その心理です」。シンプルで分かりやすいたとえ話が、英語と関西弁のちゃんぽんで次々に飛び出してくる。

◆アメフト漬けの学生時代に抱いた「死」への関心

大阪府出身の白井さんは、府立四条畷高校を経て、京都大学に進学した。理由は「アメリカンフットボールがしたかったから、そして家から一番近い国立大学やったから」。京都大学アメリカンフットボール部「ギャングスターズ」は、1986年、87年と大学選手権「甲子園ボウル」と日本選手権「ライスボウル」を2連覇。以後、90年代まで黄金期を築いた。「僕が中学の時、ほんまに強かったんですよ。僕は少し足が速いくらいやったんですけど、テレビで見て、京大入ってアメフトやるぞ!と」

90年、最初の受験では医学部には合格せず、工学部建築学科に入学した。もちろんギャングスターズにも入部。「建築家か医師になりたい」とは思っていたが、「もう1回くらい、受けてもええな」と翌年、医学部に再挑戦し、合格した。工学部で取得した単位も移行でき、「7年間で6年分の勉強をゆっくりやったようなもんです」。ギャングスターズは伝統的に、部員に対して学業と部活の両立を厳しく求める。ゆえに授業の厳しい医学部の部員はごくわずかだ。しかも白井さんの在学中も学生王者を一度獲得している。練習の過酷さは推して知るべしだ。白井さんも「基本的にクラブ中心の生活でした」と振り返る。

1991年10月、医学部1年生の時にランニングバックとして出場した関西大学アメリカンフットボールリーグ、対同志社大学戦。中央でボールを持つのが白井さん=提供・白井敬祐さん

1992年12月、第47回甲子園ボウルで、京都大学は法政大学を倒し、大学日本一に。右から2人目が白井さん=提供・白井敬祐さん

それでも、医師としての将来像は頭の中にあった。「死と、死にまつわるコミュニケーションにすごく興味がありましたね」。学業とクラブ活動の合間に、柳田邦男の『「死の医学」への序章』や、山崎章郎の『病院で死ぬということ』などの本を手に取った。「最初は、心臓外科みたいな、自分の技術で患者さんを元通り治せる医療もええなあ、と思ったんですが、そのうち必ずしも元に戻れなくても、その人なりのクオリティ・オブ・ライフを維持しながら、患者さんの日々の気持ちの揺らぎに向き合っていく仕事もありかな、と漠然と思うようになりました」

卒業後の97年、白井さんを「お前に向いている」と横須賀米海軍病院に誘ったのは、大学で1年先輩だった椛島健治さん(現・京都大学大学院医学研究科皮膚科学教室教授)だ。殺し文句は「給料をもらいながら、24時間英会話の勉強ができるし、24時間使えるトレーニングジムもあるぞ」だった。「行ってみたら、教えているのはアメリカ本国でチーフレジデントまで終えた若い年代の先生が多く、めちゃくちゃ教え好きの、教え上手やったんです。加えて、軍隊なのに組織全体のコミュニケーションが思いのほかフラットでした。そんな点に惹かれて就職しました」

大学の医局を離れての医師修行は、自分の師匠を自分で求めることができる自由さがある。しかしそのためには、求める師匠を探し、そこで働き、学べるように交渉し、ポストを勝ち取る力が必要だ。横須賀で最初の修行先を見つけた白井さんは、その後も「この先生に学びたい」という思いが湧くたびに、自ら積極的に応募し、ポストを得てきた。「人に会って、いいな、と思ったらすぐにアプライして……。横須賀の次の飯塚病院も、国立札幌病院(現・国立病院機構北海道がんセンター)も同じ方法です」。そのスピード感と、ある意味物怖じしない積極性が、白井さんの未来を切り開いてきたのだろう。

横須賀米海軍病院で1年間の研修を終え、キャプテンから修了証を受け取る=提供・白井敬祐さん

ディズニー先生と、横須賀海軍病院の同期の研修医ともに=提供・白井敬祐さん

ダートマス大学 腫瘍内科准教授

白井敬祐先生

1997年京都大学医学部卒業
1997年横須賀米海軍病院
1998年飯塚病院
2000年国立札幌病院(現・国立病院機構北海道がんセンター)
2002年がん診療、緩和医療、医学教育を目的に渡米、ピッツバーグ大学関連病院で一般内科の研修を始める
2008年サウスカロライナ医科大学血液・腫瘍内科フェローシップを経て、同大学腫瘍内科スタッフに就任
2015年ダートマス大学腫瘍内科Associate Professor就任
専門は肺がん、メラノーマ、緩和医療

(肩書は2018年7月取材時のものです)

「Doctor=医師」+「Story=物語」+「Victory=成功、喜び」から成る造語です。第一線で活躍される先生方のキャリアや生き方に関するお話をうかがい、
若き医師たちの指針となるようなメッセージをお届けします。

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