岸本 暢将先生(聖路加国際病院リウマチ膠原病センター)01|DOCTORY(ドクトリー)

DOCTORY INTERVIEW

聖路加国際病院リウマチ膠原病センター 医長

岸本 暢将(きしもと・みつまさ)先生

ゼネラリストを夢見て日本を飛び出した
若い医師が米国で触れたのは、
大きく変貌を遂げたリウマチ学の姿だった

日本の介護保険制度が始まろうとしていた1990年代末。これからの日本の課題は高齢社会にあると察して、老人医療で身を立てようと考えた医学生がいた。総合内科医としてのトレーニングを受けるため彼が選び取った道は、米国での臨床留学。そこで出会ったのが、リューマトロジー(リウマチ学)だった。
ゼネラリストでありながらリウマチ専門医でもある岸本暢将という医師は、いったいどのように育まれたのか。

学ぶべき領域の多い総合内科
日々の知識の更新が医療の質を高める

◆10年ごとに更新試験がある米国専門医資格

東京・築地の聖路加国際病院。築地市場からは少し距離があり、近隣の公園や街並みがまだ静寂に包まれている朝7時に、リウマチ膠原病センター医長の岸本暢将氏は自分のオフィスに入る。日常診療に加え、東京医科歯科大学医学部臨床教授、東京大学医学部リウマチ内科非常勤講師として教鞭も執る岸本氏にとって、患者もまだ来ないこの時間帯は貴重な自分の時間だ。メールをチェックすると「The New England Journal of Medicine」「Annals of Internal Medicine」、米国リウマチ学会(American College of Rheumatology;ACR)など、新着情報が毎日大量に送られてきている。それをひとつひとつ入念にチェックし、これはと思った文献のアブストラクトを読む。

「今朝のNEJMにはシェーグレン症候群についての記事があったので、プリントアウトして、トイレに持ち込んで読みました(笑)。で、朝8時の回診時に同僚医師にポイントを教えてあげて、読むように勧める。それが私の日課です。当科はロールモデルである部長の岡田正人先生をはじめ、みんなが最新の知識をシェアしようという意識があります。国際学会が開催されれば、渡米しているスタッフがセッションのポイントを科のメーリングリストに送ってくれます。1週間の学会でトピックが100以上にも及ぶこともあります」

現在、同施設のリウマチ膠原病センターには岸本氏を初め、米国留学の経験と米国リウマチ膠原病内科専門医をもつ3名の医師が所属している。最新情報をシェアする習慣は、10年ごとに行われる米国専門医資格の更新試験に備えて、一緒に勉強していこうという意識の表れだ。岸本氏は米国内科専門医も取得しているので、総合内科医として勉強すべき領域がさらに広い。

「ちょうど2014年が10年目だったので、内科のすべての科をもう一度勉強しなおしました。10年経つと新しくなっている情報がかなり多い。自分の知識を一新するよい機会でした」

聖路加国際病院

リウマチ膠原病センターは、循環器内科や腎臓内科などの内科以外にも、皮膚科や放射線科、眼科など、院内各診療科との連携が多い。他科との連携は、ただ「お願いします」と丸投げすることもできなくはない。しかし、岸本氏はそれを専門外の知識を身につけるよいチャンスだと考えている。

「自分の専門外であっても自分なりにある程度の知識を身につけた上で患者さんを送り出すようにしています。たとえば放射線科への画像診断のオーダーでも、『右のLの4番の根障害、腰椎椎間板ヘルニアあるいは狭窄症などありませんでしょうか』と聞けばそこを重点的に診てくれるから所見は全く違ってくるはずです。『間違っているかもしれませんが、△△という所見があったので〇〇を疑いましたがいかがでしょうか』というように、伝えるひと言で医療の質はぐっと上がります」

知識のUp-to-Dateが楽しくてたまらないといった表情で話す岸本氏だが、多忙な診療の合間の貴重な時間を勉強に割く毎日は、苦にならないのだろうか。

「きっと、高校時代まではあまり勉強しなかったのがよかったのでしょうね(笑)。私は小学校~高校まで一貫教育の私立だったので、いわゆる受験戦争を味わっていないのです。だから今は、いくら勉強しても苦にはなりません。自分で調べ、学んだことをすべて患者さんに活かせる。そういう職業って、他にあまりないのではないでしょうか」

◆高齢社会を見据えて老人医療を目指す

現在、岸本氏の専門は関節リウマチ、SLE(全身性エリテマトーデス)を代表とする膠原病全般、さらに乾癬性関節炎を含む脊椎関節炎など幅広く診療を行っている。だが初めから膠原病の専門医を志したわけではない。もともとゼネラリスト志向であり、医学部4年生の時点では、「老人医療」に注目していた。現在の話ではない。1990年代初頭の話だ。

老年科は今でこそ多くの大学で設置されているが、当時はまだいまほど一般的とはいえなかった。内科領域でいっても循環器内科、消化器内科などと比べると、地味な存在だっただろう。医師人生の入り口に立つ若い学生にとって、何が魅力だったのか。

「特定の臓器ではなく全身が診たかったのです。それに日本の高齢化が急速に進み、高齢者人口が爆発的に増えていくことは目に見えていましたから」

既に現在の日本の状況を予測していた?

「予測していました。だから何かしら社会の要請に応えたい、自分自身を社会に活かしていきたいという気持ちがありました」

当時は介護保険導入(2000年)前夜ということもあって、介護問題がマスメディアでもよくとりあげられていた。全国的に注目されていたのは、若月俊一医師のもと全国に先駆けて全村一斉健診を始めた佐久総合病院(佐久市)や、鎌田實医師のリーダーシップで独自の医療と福祉の連携モデルを実践していた諏訪中央病院(諏訪市)があり、高齢社会のモデル地域とされた長野県だ。長野の事例から日本の高齢社会の未来像をどう構築するかをテーマに開催された講演会に、岸本氏もよく足を運んだ。

「日本の医療政策に興味をもち、友人と同好会を作ろうか、というところまでいったのです。実際には、野球部に入っていたので同好会設立は計画だけにとどまったのですが」

聖路加国際病院リウマチ膠原病センター 医長
岸本 暢将(きしもと・みつまさ)先生

1998年北里大学医学部卒業
1998年沖縄県立中部病院にて内科研修

2000年在沖縄米国海軍病院にてインターン
2001年ハワイ大学内科研修医
2004年ニューヨーク大学リウマチ科フェローシップ
2006年亀田総合病院 リウマチ膠原病内科
2006年米国リウマチ学会「Distinguished Fellow賞」受賞
2009年聖路加国際病院 リウマチ膠原病センター

(2018年3月取材)

「Doctor=医師」+「Story=物語」+「Victory=成功、喜び」から成る造語です。第一線で活躍される先生方のキャリアや生き方に関するお話をうかがい、
若き医師たちの指針となるようなメッセージをお届けします。

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