地域の中で、さまざまな機関と連携しながら
医師の力を発揮すること
地域医療と長寿医療の関わりについても、お話ししましょう。これまでの医療は病院で完結していましたが、これからの医療はそうはいきません。高齢の患者さんはいずれ住み慣れた場所に戻り、さまざまな病態を抱えながらもその住み慣れた場所で生活を送っていきます。生活とは、朝、眠りから目覚めて顔を洗って、食事をしてといった一連の日常生活の動作すべてです。この生活の中で療養している患者さんを診ていくわけです。そのため、医師だけが関わるのではなく、地域全体でシステムを構築して適切な状態にもっていくことができるかどうかが課題です。いわゆる地域包括ケアです。これが、地域で患者さんの日常生活の中での治療を行ってゆくということです。
その中で医師は何をやるのか。決定的な役割は診断と治療です。診断をすること、治療方針を決めること、亡くなったときに宣告をすること。この3つが医師の決定的な役割です。この役割を生活の中で見ていくと、医師の役割は非常に重要ではありますが、患者さんの長い人生の中では”ポイント”でしかありません。
身体の機能が弱っていき、複数の疾患を抱えながら、患者さんが日常生活をどう過ごしていくか。そこには、地域挙げての専門職が連携して患者を支えなければならない。誰が中心になるかはその地域の特性を反映させればいい。歩行が困難な患者さんなら、買い物は誰がサポートするのか。リハビリはどのように進めていくのか。「自立した生活」という総合的な計画を立てていくわけです。
これは地域の特性によって異なります。地域の中にどのような資源があり、行政はどういう役割をするのか。システムとしてどう動かしていくか。それは、患者さんが暮らす地域の中で答えを出すしかありません。地域資源も高齢化率も地域ごとに異なるのですから。もちろん、地域の中で患者さんをサポートする際、医師がリーダーシップをとることも考えられます。実際、医師がリーダーシップを発揮して成功している事例が多数あります。しかしこれもまた、地域による違い、環境による違いがあります。看護師がリーダーシップを発揮してよい仕組みを作っている例もありますし、地域の特性によっては一概に「こう」とは言い切れないでしょう。
老いも若きも「生きていて良かったね」と 笑い合える社会の構築を――
超高齢社会という現実の中で、これから先、日本に何が起こるか、何がどのような方向に向かっていくのか。地域の中で患者さんを支えていく場合、医療はどのように貢献していくことができるのか。それを正しく予測できる人は、ほとんどいないでしょう。今、わかっているのは、「今後も高齢化が急速に進む」ということです。つまり、人口構造が劇的に変わるということ。そしてもう一つ、人口の減少が急速に進んでいきます。
「人口構造が変化し、人口そのものが減少する。その何がいけないのか?」という問いを抱く人もいるかもしれません。しかし、長期的な視点で日本の人口を捉えれば、問題が見えてきます。1950年の人口は8320万人。その後、4000万人以上人口が増えた後、徐々に人口は減っていき、8000万人以下になることが予測されています。人口が減っても、一億二千八百万人の国民の生活を支えていた巨大なインフラは残りますから、それを日本はどうするのか。この老朽化したインフラを誰がどう支えてゆくのか。どの地域にも高齢者は暮らしていますから、これは簡単に解決するような問題ではありません。
冒頭でお話ししたように、医療の最前線にいる臨床医は常に葛藤を抱えています。長寿医療もまた医療の新しい分野です。日本のような超高齢社会は世界的に見ても前例がなく、私たちがそれぞれの地域で長寿医療のあり方を考え、実践していくしかないのです。これから先、長寿医療に取り組むみなさんも現実とあるべき姿のギャップに葛藤を抱えることがあるかもしれませんが、いつでも前向きに問いかけることを諦めないでほしいと思います。
私はこう思います。「生きていて良かったねと言える社会をみんなで作ろう」と。高齢者も若者も、日本に暮らすすべての人々がそのように思える社会にしたいと思うはずです。これは医療という枠組みを超えた大きな取り組みですが、生活の基本を支えてゆく医療、そして医師の役割はきわめて大きいものだと思っています。これから長寿社会の日本の医療を支えていく若い臨床医のみなさんには、誇りをもって長寿医療に取り組み、誰もが笑顔で暮らせる社会づくりに貢献していただけたらと思います。