大島 伸一先生(国立長寿医療研究センター 名誉総長)01|DOCTORY(ドクトリー)

DOCTORY INTERVIEW

国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター 名誉総長

大島 伸一先生

高齢者が笑顔で暮らせる社会を築くために、
“長寿先進国日本”が取り組む医療のあり方

国立長寿医療研究センターの名誉総長を務める大島伸一先生は、腎移植の先駆者として数々の実績を打ち出してこられた人物です。当時、大島先生が在籍していた社会保険中京病院(現・独立行政法人地域医療機能推進機構中京病院)は、日本においてトップレベルの腎移植例をもつ医療機関。臓器移植のあり方を問いかけ、脳死による移植を推進するなど、日本の医療の発展に大きく貢献しています。その後、名大教授、名大病院院長を経て病院経営に参加。国立長寿医療研究センターの総長に就任してからは、長寿医療という新しい医療分野の先導役を走っておられます。

腎移植の最前線で、「医療のあり方」について考える

私が名古屋大学医学部を卒業し、臨床の現場に出たのは1970年。当時は今ほど診療科が細分化されておらず、外科と内科という大きな枠組みがあるくらいでした。外科では脳外科と心臓外科が萌芽し、内科では循環器や消化器が少しずつ分かれてきた頃でした。そのような環境の中、私は社会保険中京病院(現・独立行政法人地域医療機能推進機構中京病院)の泌尿器科医として、腎移植を専門にしてきました。

臓器移植に関しては、世界各国でさまざまな議論が交わされています。国によって死生観が異なりますし、信仰する宗教も相違があります。もちろん法律も、臓器移植の現状も異なります。そのため、「臓器移植がどうあるべきか」という議論を「日本において」と限定したとき、海外とはまた違った考えが出てくるわけです。私自身、腎移植を担当する医師として何度も「日本における臓器移植のあり方」について心に問いかけてきました。

一人の命を救うための移植とはいえ、健常者にメスを入れるというリスクは許されるのかと自問自答しました。臓器移植が法的に許されているのはなぜなのだろうかと。たとえば、「愛する家族のために、二つある腎臓の片方を提供しよう」と思う方がいらっしゃいます。大切な人のためならば、肉体的な痛みを伴っても、臓器を提供しようと思うからです。けれど、日本では家族から腎臓を提供してもらうケースがあたりまえですが、外国ではそうではありません。私は、生体の移植は健康な人を傷つける行為で本来避けるべきだという立場を貫いてきました。そして、死体からの臓器移植を増やすための取り組みを徹底的に行ってきました。私が勤務していた社会保険中京病院は当時、日本で最も死体からの腎移植例が多い医療施設でした。そして中京地区も死体からの腎移植の多い地域だった。これは、死体からの腎移植を増やそうとした私たちの努力が実った証しだと思っています。いずれにしても、私の心には常に葛藤がありました。実際、臓器移植の最前線にいると、「どのような判断がベストなのか」と迷うこともしばしばです。葛藤や迷いは日常茶飯事であり、常にチャレンジと決断を繰り返してきました。ごまかすことをせず、逃げたりもせず、真正面から医療と向き合い、誠実に医療に取り組む。その繰り返しにより、治療の範囲が少しずつ広がってきたのではないかと、これまでの私自身のキャリアを振り返って感じています。

国立長寿医療研究センター総長に就任
健康長寿社会の実現を目指す

国立長寿医療センター開設式典(平成16年3月)

社会保険中京病院で経験を積み、副院長に就任。病院経営に参加した後、母校の名古屋大学医学部に戻りました。そして、名古屋大学医学部附属病院の病院長を務めた後、国立長寿医療研究センターの総長に就任しました。 2004年に開設された国立長寿医療研究センターは、全国に6機関ある国立高度専門医療センターの一つですが、その中でも非常に特徴的な組織といえます。なぜならば、6機関のほとんどが特定の臓器や疾患を目指した医療・研究・教育を行っているのに対し、国立長寿医療研究センターは臓器や疾患を限定していません。 加齢に伴う疾患であれば、すべてが対象となります。

そもそも、国立長寿医療研究センターの必要性が論じられるようになったのは、日本が高齢化社会を迎えた1980年代のこと。「高齢者が増えていく日本において、どのような医療を進めていくべきか」という声が上がり、昭和天皇御在位60年記念事業として国立長寿医療研究センターの基本構想が掲げられました。 国立長寿医療研究センターは、医療と研究、教育・研修の三つの側面から長寿医療にアプローチしていきます。まずは研究所や病院などのインフラを整える必要がありました。これらインフラのうち、病院は新設せず、従来ある病院を活用しています。国立療養所中部病院を引き継ぎました。この病院は結核療養所を母体としており、長寿医療を専門に行っていたわけではありません。医師や看護師などの医療従事者も病院に勤務していた職員が残りました。つまり、高齢者医療を担ってきた人材を集めて組織をつくったわけではないんですね。

そのため、当初は新しい体制に対して抵抗を感じていた医療従事者もいたようです。そこで総長に就任した私は、まずは理念をつくり、職員が一丸となって長寿医療に取り組んでいく体制を整えなければならないと考えました。国立長寿医療研究センターは何を目指していくのか。そして、何をやろうとしているのか――短くわかりやすい言葉で国民に伝える必要があったのです。「私たちは高齢者の心と体の自立を促進し、健康長寿社会の構築に貢献します」これが、国立長寿医療研究センターが掲げた理念です。次に、この理念を行動計画に落とし込んでいきました。理念を実現するために高齢者医療の臨床と研究を行える体制を整えることが重要だと考え、外部に人材選考委員会を設立。この委員会が推薦してくれた人材を研究所長と病院長に据え、その後は研究所長、病院長、そして私がまさに“三位一体”となって、長寿医療に取り組んできました。

長寿医療は、従来の医療の考えが通用しない世界

最新の医療機器で徹底的に調べ、障害の場所がわかったら要因を特定して、その要因を取り除く技術を該当させて完全に治す。これが従来の医療ですが、長寿医療は従来の疾患の考えが通用しない世界です。

実際、「高齢者の医療は従来の医療で良いのか?」と問いかけたとき、多くの人が直感的に「それは違う」と考えるでしょう。なぜなら、何よりも第一に「老化」を考えなければなりません。人は年齢と共に老化が進み、身体の機能が弱くなっていき、最終的には死につながります。その過程に、生活習慣病のような慢性病が加わるわけです。これが、高齢者の病気の一般像です。このような高齢者の症状を徹底的に検査して、異常な数値が出た部分を対象に徹底的に元に戻すような医療を行ったらどうなるでしょうか。

たとえば3年乗った車のエンジンが故障したら、通常は修理してまた乗りますよね。これが30年乗った車なら? エンジンを取り替えて、高速を時速100キロで走ったらどうなるでしょうか。本当に大丈夫かと、多くの人が考えるでしょう。

30年乗った車は、人間で言うところの「高齢者」です。長年使っていた車をいたわりながら乗るように、長年使ってきた身体だからそれなりの使い方をしましょうという考えがベースにあります。また、何十年も使って老化した身体に、生活習慣病のような慢性の疾患も重なりますと、まずは特定の箇所ではなく、全身を診ざるを得ない。

全身を診て、長年使った身体のどこの機能が弱ってきているのか。仮に全身の状態が50点なら、「特に弱っている臓器を、現在の全身の状態である50点まで戻していきましょう」と全身と個別の臓器のもっともよい調和状態を目指すように治療設計を立てていきます。このように、高齢者医療は根本的に若い患者さんの医療とは考えが違うのです。

異常がある臓器と全身の状態をどのようにバランスを取っていくか。それが高齢者医療の考えです。ここで問題になるのが、「正常とは何か」ということ。一般的には、若く健康な人を何人も集めて検査を行い、数値を平均化したものが基準となります。この数値内に入っている人を、正常としている。つまり、若い人の健康な臓器の機能と形態を基準にしているわけですね。

しかし高齢者の場合は、何十年と使った身体の臓器になりますから、それなりに消耗している。そうすると、「高齢者の正常とはどのような状態を指すのか」という問題が出てきます。私は、「高齢者の正常は数値で定義できるものではない」と考えています。唯一いえることは、「老化」という身体の機能が弱っていく過程の中で、「この辺にありますね」ということだけ。どこが弱っているのかは、患者さんによって異なります。

全身を診るスキルと専門性
双方を備えた医師が求められている

たとえば、1つ1つの臓器を見ると70点の臓器もあれば、40点のものもあります。老化によって身体の機能が弱っていく中、特に状態が悪くなっている臓器とバランスをどうやって取っていくかを設計しながら治療方法を考えていきます。目指すところは完全治癒ではなく、患者さんが自立して生活ができるところまで持っていくことを目標値にします。「あなたの身体ではこれくらいのバランスが一番良いでしょう」と。

たとえ30年乗った車でも、AさんとBさんでは全然違います。上手に乗り続けてきた車もあれば、そうでない車もあります。だからこそ、どのようにバランスをとっていくかが良い治し方になるのです。しかし、私たち臨床医は「一臓器に一つの疾患、それを治すのが医療」という近代医学の方法論を学んできていますから、そこから抜け出し、長寿医療の考え方をもつにはパラダイムシフトが要求されます。

多くの臨床医のみなさんは、それぞれの臓器別の専門をフィールドにされていますが、泌尿器科医であっても脳外科医でも、全身のあり方をどう診てゆくかが理解できないと長寿医療に取り組むことは難しいでしょう。もちろん、それぞれの専門を極めていくのは重要です。大切なのは、自分が専門とする臓器と全体との関わりが理解できているかどうか。この考えが持てないと、いわゆる臓器に詳しい“スーパードクター”ばかりになってしまいます。ですから、長寿医療に関心があるのなら、ぜひ全身を診て、特定の疾患も診て、そして全体のバランスをどう取っていくかを考える技と習慣をつけていってほしいと思います。

うれしいことに、名古屋には若く優秀な総合診療医がたくさんいます。名古屋は自由で開放的な風土があり、この風土が若き臨床医の活躍を後押ししているのかもしれません。良い意味で、臨床医が自由に動いている。だいたい、民間の病院で経験を積んできた私が母校に戻り、いきなり教授職に就いていることからも、名古屋らしい自由闊達な風土がわかると思います。このようなエピソードは枚挙にいとまがありません。型にはまらず、「患者さんのために」という考えを貫く医師がたくさんいました。そして、若き医師たちをバックアップしてくれる諸先輩方もたくさんいました。医療への情熱のある医師たちが存分に活躍できる環境が名古屋にはある。それは名古屋を拠点にしてきた私にとって、何よりも誇りに感じられることです。

国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター 名誉総長 大島 伸一先生

昭和20年 旧満州生まれ
昭和45年 名古屋大学医学部卒業
昭和45年社会保険中京病院泌尿器科、平成4年同病院副院長、平成9年名古屋大学医学部泌尿器科学講座教授、平成14年同附属病院病院長を経て、平成16年国立長寿医療センター総長、平成22年独立行政法人国立長寿医療研究センター理事長・総長。平成26年より現職。平成21年4月国立大学法人名古屋大学名誉教授。
【著書】「超高齢社会の医療のかたち、国のかたち」(グリーン・プレス/2014年)

(2015年5月取材)

「Doctor=医師」+「Story=物語」+「Victory=成功、喜び」から成る造語です。第一線で活躍される先生方のキャリアや生き方に関するお話をうかがい、
若き医師たちの指針となるようなメッセージをお届けします。

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