日本の医療ニーズにマッチした総合診療医を育成
本土に渡ってからの私のキャリアは、「日本型病院ジェネラリストの育成」に主眼を置いてきました。特に水戸協同病院で取り組んだ“臨床教育の改革”は、私自身にとっても大きな転機となりました。
そもそも、水戸協同病院がある茨城県は、医師不足が深刻な地域です。そのため、地域医療体制を早急に整えて、優秀な医師を育成する必要がありました。そこで、教育・研修から診療研究に至るまで一貫して行う“実践型のカリキュラム”を築き、守備範囲の広い総合診療医を養成してきました。院長が全面的に協力してくださり、水戸協同病院に勤務する医師たちの気持ちを一つにすることができました。
水戸協同病院の総合内科では、消化管出血も診れば急性腎不全の患者さんや急性心筋梗塞の患者さんも診ます。内科系のすべての科を合併させ、臨床研修や医学生の教育体制も整えていったことで、水戸協同病院から次世代のリーダーとなる人材が次々と羽ばたいていきました。
現在私が顧問を務めている地域医療機能推進機構本部(JCHO)の東京城東病院も、水戸協同病院と同様に、日本型病院ジェネラリストを育成する体制を構築しています。私たちのやり方は、今の日本の医療ニーズにマッチしている。だから、全国から医師が東京城東病院に集まってくるのです。
若き医師の皆さんの中には、研鑽の場を海外に求める方もいらっしゃることでしょう。けれど、特にアメリカにおいては、医療のシステムが激変しています。医療費の高騰により、社会的弱者が医療を受けられなくなっているのは、その一例。医療費が高いため、患者さんの入院期間が極端に短く、研修医が経過をフォローしようとしても患者さんが退院してしまって、すでにいないということもあります。
また、分業化も大きな問題となっています。たとえばジェネラリストは、病院での外来を専門に診る“GIM”、入院患者専門の“ホスピタリスト”、救急専門に診る“ERフィジシャン”と、病院内で役割が細分化されています。家庭医は病院の患者は診ません。これでは、総合診療のスキルを磨きたくて渡米しても、「入院患者しか診ることができなかった」といった問題が起こってしまいます。
ロールモデルとなる指導医が、若き医師の成長を後押しする
超高齢社会が到来した日本では、全身を診ることができる総合診療医のニーズがますます高まっています。実際、臨床の現場で活躍されている皆さんの多くが、「総合診療医の重要性」を感じてくださっていることと思います。地域医療を支えていくには、総合的に診る医者が不可欠です。
では、どのようにして総合診療医のスキルを磨いていけばいいのか。最も効果的なのは、全国で活躍する医師一人ひとりが、少しずつ守備範囲を広げていくことです。ほんのわずかでもいいので、守備範囲を広げていってください。その姿勢が、多くの患者さんの命を救うことになります。たとえば内科のお医者さんが「小児科も診てみよう」と思う姿勢。また、耳鼻科のお医者さんが「鼻以外も診てみよう」といったマインドを抱くこと。このような姿勢を医師全員が持てば、莫大な効果が生まれます。
私も沖縄県立中部病院時代、心から尊敬できる数多くの指導医に出会いました。彼らの指導はとても厳しいものでしたが、そこには愛がありました。「研修医を指導することは、患者さんにより良い医療を提供することにつながる。だから、どの研修医に対しても全力で指導すべき」とおっしゃった先生もいました。
近い将来、皆さんが総合診療能力を身につけたら、次は指導医として、“医師のあるべき姿”を後輩に伝えてください。総合診療スキルの習得は間違いなく地域医療の礎になるはずです。実際、私が顧問を務めるJCHOでは、その教育を受けた30代の若き医師達が総合診療医が不足している、他のJCHOの病院に派遣されてがんばっています。
かつて、沖縄県立中部病院でアレン先生が提唱した「地域医療を支えるジェネラリストを養成する」というマインドは、あらゆる地域で通用する普遍的な価値観です。一人でも多くの皆さんがこの考えを継承し、次の世代へとつなげていってくださることを願ってやみません。