放射線などを用いて体内の状況をリアルタイムに画像化しながら、がんをはじめとする病変を検査、治療する技術がIVR(Interventional Radiology)だ。国立がん研究センター(東京都)理事長特任補佐の荒井保明さんは、この技術の世界的権威。30年以上にわたり、数々の成果を挙げ、現代のがん医療を変えた一人だ。IVRは今や、さまざまな疾患に有用な技術として、世界中で使われるようになった。荒井さんは20代から、エビデンスに基づくIVRの知識と技術の体系化に挑み、絶えず工夫を重ね続けてきた。その尽きぬ情熱の根底には、がんを患いながら毎日を精一杯生きる人たちへの強い思いがあった。
上手な人なら誰がやってもいい
患者さんが少しでも楽になることがすべて
◆「自分を放射線科医とは思っていません」
Interventional Radiologyは直訳すれば「(治療に)介入する放射線医学」となる。これを「IVR」と略すのは日本特有の慣習で、国際的には「IR」と呼ぶのが一般的だ。日本語では「画像下治療」と“意訳”される。日本に本格的に導入されたのは1980年代前半、米国に遅れること数年のころだった。現在はX線透視に限らず、CT、MRI、超音波などさまざまな画像診断機器を介して人体内部をリアルタイムで映し出しながら行う治療、検査法全般を指し、循環器領域でのいわゆる心臓カテーテルや脳血管などでの血管内治療以外に、がん治療の分野でも広く使われている。外科手術に比べ、患者への侵襲が圧倒的に少ないのが最大の特長だ。
1979年、東京慈恵会医科大学を卒業した荒井さんは、IVRとともにそのキャリアを歩んできた。国立東京第二病院(現・国立病院機構東京医療センター)を経て、愛知県がんセンターでは放射線診断部長、国立がんセンター(現・国立がん研究センター)中央病院でも放射線診断部長を務めた。2012年に同病院院長に就き、マネジメントが主業務となってからも放射線診断科長とIVRセンター長は兼任。誰もが、IVRそしてそれを用いたがん治療の第一人者と認める存在だ。
だがインタビューの冒頭、荒井さんの口から出たのは、こんな言葉だった。「私は、自分を放射線科医とは思っていません」。そして笑みをたたえながら、おだやかな口調でこう続けた。「私はもともと内科医です。その後、放射線科に転向しましたが、放射線科医という自覚は正直なところ乏しいですね」
元来、IVRは診断技術として発展してきた放射線医学に、「治療に直接介入する」要素が付け加えられて成立したものだ。今では、さまざまな領域で活用されるようになり、担い手も多い。例えば心臓カテーテル治療は放射線科より循環器内科や心臓血管外科の仕事と認識されることが多く、消化器領域のIVRは消化器内科・外科とも近い。つまり放射線科と他の診療科との境界域に位置する技術と言える。そのため、どうしても技術の担い手をめぐるターフバトル(縄張り争い)にも発展しがちだ。しかしこの領域の最高のオーソリティの位置にいる荒井さんの見解は、想像以上にしなやかだ。
「IVRが放射線科医だけのものだとは思っていません。患者さんを診る能力と知識があり、読影できるという共通の土台がありさえすれば、何科の医師でも上手な人がやればいい。画像を使って体の中を透視して、大きな外傷をつけずに治療することは全て、IVRだと理解していただければよいと思います。その意味で“Radiology”という言葉は、今では技術や知識の共有の妨げになってきている感があります。診療科に関係なく、ましてやターフバトルもなく、患者さんがなるべく楽に治療ができればそれでよいのです」
◆がん緩和医療にこそ有用
現代のIVRが対象とする疾患は、生活習慣病から外傷まで非常に多岐にわたるが、やはり重要な治療ターゲットとなるのはがんだ。IVRを手掛ける放射線科医の主戦場もがん治療で、その領域を特に(今のところ、広く普及した日本語訳はないようだが)Interventional Oncologyと呼ぶ。
例えば、肝臓の病巣部を透視しながら、がんに栄養を送る動脈に直接抗がん剤を注入するととともに、血流を途絶えさせてしまう「肝動注化学塞栓療法」。がん病巣に直接針をさし、熱で腫瘍を焼き切ってしまう「経皮的ラジオ波焼灼療法」。これらは代表的なIVRの手技だ。患者の体を画像で見ながら腫瘍に針を刺し、組織を採取してくる経皮的針生検も、古くからあるIVRではあるが、最近の遺伝子情報に基づいた治療の導入で、改めてその重要性が増している。
一方、荒井さんによると、現在、放射線科医が行うInterventional Oncologyの約7割は緩和医療に属する治療だという。言い換えれば、IVRはがんの緩和医療に適しているということだ。「がんという病気は、がん自体よりも、その影響で生理的に異常な状態が体内に起こり、痛みをはじめ、さまざまな苦しい症状が出ることがつらいわけです。切除できないがんを焼灼したり、凍結したりするのもIVRの仕事ですが、そのような治療で根本的に治せるのは、一部の患者さんの場合と言わざるを得ません。しかし、がんによって血管が詰まり、下半身が腫れあがってつらい場合、本来溜まってはいけないものが溜まったために苦痛が生じている場合、そんな症状は、実はIVRが一番力を発揮できる領域なんです」
そう話す荒井さんは、国立がんセンター中央病院で、初めて緩和医療目的でIVRを実施した人物だ。
「緩和のカンファレンスに出て、麻薬の量をどうしようかとか議論している場面で、『こんなことしてはどうですかね?』って提案していました。そうすると、IVRの実施当日は黒山の人だかりです。皆さん、鵜の目鷹の目でね。当時は国立がんセンターでもIVRなんてほとんど誰も知りませんでしたから」