国立がん研究センター 理事長 堀田 知光先生|DOCTORY(ドクトリー)

希少がんの治療から、予後のケアまで
患者さん一人ひとりと向き合う誠実な医療を

国立研究開発法人
国立がん研究センター 理事長
堀田 知光先生

50歳にして、今後のキャリアに影響を与える“転機”が訪れる

私自身のキャリアについても、お話しいたしましょう。私は名古屋大学医学部を卒業し、医局に入局。血液内科を専門とし、血液がんの患者さんの治療に注力してきました。医局に入って25年が経った頃、転機が訪れました。東海大学医学部から声がかかったのです。

ちょうどその頃、私はキャリアについて悩んでいました。医療の世界も民間の企業と同じで、経験を積む中で管理的な業務が増えてきます。50歳にして、私は「自分はどんなキャリアを積んでいきたいのか」と真正面から考えました。その結果、「臨床から離れたくない」という答えを導き出しました。25年のキャリアを積んでも、「自分はまだまだ未熟だ。自分には、まだ学ぶことがある」と強く感じたのです。

こうして、私は東海大学医学部付属病院に転籍。学閥を超えての落下傘状態での挑戦ですから、今思えば無謀な取り組みだったのかもしれません。それでも、当時の私は「誰にも頼らず、自分にできることをとことんやってみよう」という気概を持っていました。そして、10年間にわたって、東海大学で研鑽を積んできました。

私は血液内科を預かったのですが、当時の医師たちにこう問いかけました。「東海大学の血液内科を、指折りの診療科にする。みんなは、やる気あるか?」と。嬉しいことに、全員が力強くうなずいてくれた。私が東海大学の血液内科に在籍していた初期の5年間、主要メンバーの誰一人として辞めずに残ってくれたことを、心から誇りに感じています。

東海大学に転籍して5年が経ち、血液内科は「東海大学で最も勢いのある教室」と評価されるまでになりました。その後、私は医学部長を務め、学生教育や医局改革に力を入れると同時に、医学部付属病院の建て替えに携わりました。これは非常に大きなプロジェクトで、「病院を新しくする以上、今後の医療に必要な環境を整えていこう」と、メンバー全員が一丸となりました。新病棟の建て替えに当たって、さまざまな趣向を凝らしましたが、中でも手術室は斬新な取り組みだと自負しています。21室あり、どの手術室でもあらゆる手術に対応できます。設計はもちろん、効率的な運用システムを構築しており、これによりオペの回転数が一気に向上しました。私が東海大学を去ってからも抜群の診療実績を誇っています。

東海大学時代の堀田先生
(撮影年不明、東海大学の教授室にて)
東海大学時代の堀田先生
(撮影年不明、東海大学の教授室にて)

東海大学在籍中、私は医師として、また血液内科や病院、医学部を束ねる立場として、数多くの貴重な経験をしました。「この環境だからこそ、経験できた」と思うことも多く、「私の選択は間違っていなかった」と感じています。

常に心を開いて、患者さんと向き合う姿勢を忘れずに抱いてほしい

名古屋大学医学部から東海大学医学部に移って10年。私は再び名古屋に戻り、その後、国立がん研究センターの理事長に就任しました。振り返ってみれば、私のキャリアは波乱に満ちたものなのかもしれません。けれど、私自身は自分のキャリアを「ごく自然な流れ」と感じています。優秀な先生や指導者と出会い、新しいキャリアへのステップがありました。私は環境が変わることをプラスに受け止め、自分のキャリアを築いてきました。

医師は、「病を抱えた患者さんと向き合う」という意味においても、「看護師やコメディカルと連携を図ってチーム医療を進める」という意味においても、コミュニケーション力が必要な職業です。医療機関が閉鎖的な環境になってしまったら、それこそ、良い医療が提供できなくなってしまうでしょう。だからこそ、私は常に「オープンマインド」を心がけてきました。東海大学時代から誰でも気軽に入れるよう、私の部屋は開けっぱなし。もちろん、当センターの理事長に就任してからも、この試みを続けています。私自身が心をオープンにすれば、若手職員も含めて、あらゆる職員が意見を言いやすくなります。社会からの要請をもとに全職員の意見を参考にしながら、国立がん研究センターのあり方を模索していく。これが、私の理事長としてのポリシーです。

オープンマインドの姿勢は、もちろん患者さんに対しても持つべきです。最近はICT化により、直接、顔を合わせずにコミュニケーションを取ることが簡単になりました。けれど、医師の顔が見えなかったら、患者さんはどう思うでしょうか。きっと、不安に感じるはずです。医師は患者さんの顔を見て、患者さんも医師の顔を見る――“Face to Face”の医療は、どんなに情報化が進んだとしても、変わらずに続けていくべきだと思います。希少がんなど、治療法の確立されていないがんに挑む姿勢ももちろん大切ですが、患者さん一人ひとりと誠実に向き合い、ていねいに治療を行う“医師としての当たり前の姿勢”を大切にしてほしいと思っています。

理事長に就任して2年が経った今、新生国立がん研究センターのビジョンとミッションを全職員で共有して、「わが国のがん医療とがん研究の中核機関かつ先導役として世界に貢献する」という方針が組織内に定着しつつあると実感しています。まだまだ、やるべきことは多々ありますので、任期満了までの1年をしっかり務めたいと思っています。

最後に、臨床の現場で医療に取り組んでいる皆さんに、メッセージを贈りたいと思います。皆さんの中には、「日本の医療に貢献したい」と大きな志を抱いている方もいらっしゃると思います。それはとても立派なことですが、ぜひ、遠い先の目標だけでなく、目の前の目標にも視点を向けてほしいと思います。「今、自分がすべきことは何なのか」と問いかけ、目の前の目標に取り組む。その繰り返しにより、輝かしいキャリアが開かれていくことを、どうか心に留めておいてください。

また、医師として経験を積む中で、マネジメントを任される機会も出てくることでしょう。組織に属している以上、「臨床医として患者さんを治療すること」だけが、仕事ではありません。さまざまな医療従事者の意見を取りまとめ、調整し、ときには組織を率いていく機会も出てくるかもしれません。ぜひ、マネジメントの力も育んでいってほしいと思います。これから先、若き臨床医の皆さんが日本の医療の現場を力強く率いてくれることを、大いに期待しています。

PROFILE

国立研究開発法人国立がん研究センター 理事長
堀田 知光先生

1944年生まれ。69年、名古屋大学医学部卒。70年、名古屋大学医学部第一内科入局後、助手、講師を経て、96年、東海大学医学部内科学教授に就任。2002年、東海大学医学部長に。06年、独立行政法人国立病院機構名古屋医療センター院長、12年、独立行政法人国立がん研究センター(現・国立研究開発法人国立がん研究センター)理事長に就任。専門は血液内科。内閣官房研究・医療戦略室 健康・医療戦略参与、厚生労働省「医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会」座長など、社会的活動にも意欲的に取り組む。

(2015年3月取材)

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