2015年春、合同会社ゲネプロ(以下、ゲネプロ)なる組織が産声をあげた。代表は、齋藤学氏。臨床の最前線で奮闘してきた救急医、総合診療医である。彼が法人設立までして目指すのは、総合診療医の養成と、育った医師を求められる地域に輩出するネットワークづくり。稼働するネットワークでは一方通行の人材供給ではなく、医師が定期的に実力をブラッシュアップできる勤務地のローテーションまで実現しようとしている。
「実力」と「志」を兼ね備えた医師群による、応援診療等、離島へき地医療への強力なサポート体制を構築する意欲的な取り組みが始まった。
夢が消えるのは、夢の実現をサポートする仕組みが足りないからだ
職業としての医師を選んだ人々の多くは、子供のころ、あるいは学生時代に、一度はへき地医療や発展途上国での国際貢献に憧れたのではないだろうか。時を経て、病院勤務の日常の中で、そんな夢を見ていた時代もあったなあと懐かしんだり、なぜ理想の追求にこだわらなかったのだろうと後悔したり――本人が恥じることなど寸分もないが、そういった純粋な志があまりに砕け散り過ぎてはいないか。もう少し、夢の実現をサポートする仕組みがあってもいいのではないかと真剣に考えた者がいた。それが齋藤学氏だ。
ゲネプロは、2017年4月に「離島へき地プログラム/Rural Generalist Program Japan」(以下、「離島へき地プログラム」)をスタートさせる。同プログラムは、へき地医療では日本の20年先を行っている(齋藤氏談)オーストラリアで、数多くの実力ある総合診療医を輩出している研修プログラム「Rural Generalist Program」の日本版。齋藤氏が学会(RACGPおよびACRRM)との交流を重ね、構築し、満を持して世に送り出す。
「2017年4月に、1期生となる4人を採用します。プログラムは、初級<足固め研修>2 年、中級<実地研修>1年、専門研修 1 年の計4年からなります。1ヵ月でへき地医療の神髄に触れることのできるトライアルステイ・プログラムもあります。総合診療医として、医師の到着を待ち望む地域に飛び立ってもらいます。」
2016年初頭、本格稼働を前に試運転の意味合いを持つモニター医師の募集を告知したところ、2名の募集に対して約1ヵ月で20名(2016年2月現在)もの応募があったそうだ。想像を超えた反応に、彼の顔は本当に嬉しそうにほころんでいた。
「学ぶべき国はオーストラリア」との結論を得る
総合診療医養成のための範は、なぜオーストラリアだったのか。
「最初に、計算高い考えの部分を白状します(笑)。国内の医療機関を見渡して、若い研修医が集まっているところには、必ず『海外からの風』が吹いていると分析しました。沖縄県立中部病院にしてもそうですし、東京ベイ・浦安市川医療センターにしてもそうです。欧米の最新のプログラムとつながっている、学べると目された場所には、意欲ある若手がどんどん集まります。
そこで、『へき地医療における、世界的な頂(いただき)はどこか』と情報のアンテナを張ってみたのです」
2014年9月に志を一にする仲間2人と、最終リハーサルを意味する舞台用語(ゲネプロ)を冠した会社を立ち上げてから、アンテナを張り続け、情報を精査し、思考を巡らせ続け、2015年を迎える。
そして同年4月15日、彼はWonca World Rural Health Conference 2015(Wonca=通称:世界家庭医機構)の会場にいた。場所は、クロアチア/ドゥブロヴニクである。
「WoncaのRural、つまりへき地バージョンで、2年に1度開催されています。世界中からへき地医療にたずさわる医師と医療情報が集まる学会ですから、足を運べば何かを見つけられると期待したのです。
すぐに、すべきことがわかりました。オーストラリアが、際立っている。あの国に学ぼうと。
そこで、食事会の際にオーストラリアからの出席者に話しかけてみると、ほどなく意気投合しました。『お前の考えはわかった。できることは、なんでもするぞ、がんばれ』と言ってくれたのです!」
Rural Generalistの活躍で、世界有数のへき地医療を実現した国
一旦帰国し、すぐに行動開始。5月には渡航し、3週間、アリススプリングスからダーウィンまで延べ1,500㎞の旅を敢行し、同国のへき地医療を学んだ。
「オーストラリアのへき地医療の特徴が何かと言えば、Rural Generalistとなるでしょう。Rural Generalistとは、GP(General Practitioner)として診療所で働きながら、緊急の分娩に対応したり、全身麻酔をかけたり、外科手術をしたり、あるときにはフライングドクターとして患者搬送を行ったりと、へき地にあるあらゆる医療ニーズに応える医師を意味します。
テレビ電話が普及しているため、Rural Generalistが遠隔医療(Telehealth)を使いこなして都会の専門医から必要な患者についてのコンサルテーションを受けているのも印象的でした。そのインフラは、Rural Generalistがへき地にいながらにして最先端の教育を受けるのにも役立っています」
20年先を行く先達からの温かいエール
そういった医療の根幹を担うのが、「Rural Generalist Program」。総合医、救急医、外科医、産婦人科医などさまざまなバックグラウンドを持った医師が飛び込んできて、カリキュラムを修了すると、高い能力を有した総合診療医として国内各地に散っていく。中には国境さえ飛び越え、バヌアツ、東ティモールといった最貧国で活動を起こす者もいる。学会(RACGPおよびACRRM)が試行錯誤を重ねて構築した同プログラムは、へき地でも戦える、なんでもできる医師/Rural Generalistへの憧れをかなえるものとして、研修医からの絶大な人気を誇っているという。
「オーストラリアと日本のへき地医療を比べると、20年分ほどの違いがあります。20年先を行っている国から学べるのは、本当にありがたい。しかも彼らは情報をフルオープンにした上で、『成功だけでなく、失敗も学んでくれ。反面教師にもしてほしいんだ』とまで言ってくれます。
彼の国も、GP制度は作ったものの資格保有者のほとんどが都会に集まってしまう現象に悩み抜いた時代があり、のたうち回るようにして現在の制度をつくりあげたのです。その努力はGeneralist輩出というかたちで実を結ぶことになり、結局国も巻き込んで、新しいへき地医療のかたちを作りあげていきました」