患者が自ら変わるきっかけと看護師の活躍の場を生んだ外来
2004年にスタートした健康増進外来は、後に著書も出版された。
「当初、糖尿病を対象にスタートした外来です。糖尿病診療をもっと改善したいと着手し、医師、看護師、患者の三者が、ともに『健康増進』に関し徹底的に話し合います。現在では、認知症、禁煙などにも対象を広げて活動しています」
健康増進外来は、医師も看護師も、「患者を指導」しない。
「この外来では『傾聴する』『患者さんの感情に敏感になる』が重要です。とかく『指導』で満足感を得るのは指導した側ばかりなのですよ(笑)。患者さん自身は実は、うんざりされている。どうすれば患者さんに満足していただける指導ができるのか、心理学も紐解きながらかなり勉強し、研究しました。そしてお話を聞き、患者さん自身の中に『気づき』が生まれるための『手助け』に徹する手法にたどり着いたのです」
そんな手法が効果を発揮した事例では、患者本人に自身の生活習慣を自らモニタリングし、自ら変えていくきっかけを与えている。のみならず……、「私は外来で介助の役割しか与えられていなかった看護師が、本格的な外来看護の場を見つけた点にも大きな意義を感じています。臨床において欠かすことのできない重要な職域が、新たな活躍の可能性を得たのですから」
役に立つ医師であれ 役に立つ医師をめざせ
健康増進外来が糖尿病から始まったと聞き、素朴な疑問がわいた。佐藤氏は糖尿病医療をどこで学んだのか?
「私は前職で主に呼吸器を担当しており、糖尿病も心理学も当時は門外漢に等しかった。ですが呼吸器の診療さえ、担当医が少ない病院の状況にあって学ばざるを得ず会得したのです。糖尿病を手がけるにあたっても、『目の前に課題が出現したならば、学べばいい、紐解けばいい』という私の基本方針にしたがって行動するだけでした。今後もその方針は、変わらないと思います」
今も外来の担当を受け持ち、誇らしげに診察室入り口に名札を掲げている。病院経営者、福祉医療センターとして敏腕を振るいつつ、臨床にも立ち続ける。
「権威はほしいと思いませんが、能力を認められる医師ではあり続けたいと考えています」
そんな佐藤氏の医師としての矜持は、どんなかたちをしているのか。
「地域医療にはしっかりと地域にマッチした、『役に立つ医師』が求められているのです。役に立つよう、役に立つ医師になるよう、あらゆる努力を惜しまないのは当然のことです」
要望はするが、制度批判に陥る愚は冒さない
しかも佐藤氏の場合、「役に立つ」ために、医師としての技量を保ちつつ、施設管理者としてのオーガナイズにも使命が託されている。冒頭にあるように、20年をかけて育てた施設、仕組みを次の20年につなぐ大命も目前に控えている。難易度の高い「綱渡り」は、まだまだ継続していくのだろう。
「繰り返しになりますが、藤沢方式そのものが、時代に即して大きく変わっていくことになるはずです。キーワードは『多職種がそれぞれに自律しながら協働していく』だと思います。絶対権力を持った医師を頂点とした医療のあり方が、よりフラットになる。地域包括ケアという概念が医療と福祉の垣根を取り払い、『病院が主役の時代』は終焉するでしょう。その次に来るのは、『生活する人々の復権』ではないでしょうか」
具体的に、藤沢病院はどう変わっていくのか。「より、プライマリケアに特化する方向性が見えています。地域全体で医療を形成するなら、たとえば検査機能は県立病院などに担っていただき、当院はプライマリケアに徹する位置取りがありえます。ここまで『何をするか』を決めながら運営を展開してきましたが、しかるべきタイミングで『何をしないか』を決める必要がありそうです。それが、私の最後の舵取りになる予感がしています」
そんな言葉を示しながら、佐藤氏は、今日も粛々と医療と介護の一体的運営を推進している。「地域医療を担う施設の舵取りに肝要なものは?」との質問に、即答があった。
「地域医療を含めた医療全般が制度論に陥りがちなことに、危惧をいだいています。制度論を展開する先には、制度批判が待っています。批判ばかりしていては、やがて目の前の患者さんが見えなくなります。私は、要望はしますが制度の批判はしません。なぜなら、与えられた条件の中で良い結果を出すのが、医療従事者の最大の使命であると考えるからです」