順天堂大学 医学部 整形外科学講座准教授、齋田 良知先生|DOCTORY(ドクトリー)

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世界から地域へ、スポーツを核に地続きの医療を目指す

順天堂大学 医学部 整形外科学講座准教授
齋田良知(さいた・よしとも)先生

スポーツ医学を通じて地域の医療に貢献したい

◆欧州と日本、体感したスポーツと医療への意識の差

ACミランへの留学は1年間。そこで得たものの大きさを齋田さんは強調する。

「最大の違いは、ACミランではジュニアチームに所属している子供たちの練習にも毎日必ずドクターが付き添うことですね。医師がいなければ練習できません。日常的なけがのほか、心臓発作や脳震盪など重大な事故の時にも対応します。日本で同じことをやろうとすると、手を上げるドクターはいても、誰が費用を出すのか、責任の所在は、と次々と指摘されて、まず実現は不可能でしょう。そういう医師の存在に、日本人はまだ価値を見出していないからだと思います」。また、イタリアではサッカー協会に毎年医師の診断書を提出しないと、選手登録ができない。「予防への意識の違いですね。日本はマラソン大会で市民ランナーに死者が出ても、原因を探ったり、予防策を練ったりの対策が足りない。国内で、運動中の心臓発作で亡くなった子供が年間何人いるか、というデータすらまとまっていませんから」

欧州サッカー連盟(UEFA)が2001年から毎年公表している「UEFA Elite Club Injury Study」という報告書は、50以上のクラブから選手のけがのパターンや欠場者の数、発生率などのデータを集積し、けがや突然死を含む重大なトラブル防止に役立てている。「イタリアでは救急車をスタジアムに待機させないと、公式の試合は開催できません。ジュニアの試合でもです。逆に、日本では救急車を特定の場所や目的に待機させることの方が問題になるそうです。スポーツの試合では脳震盪や心臓発作を起こす可能性があり、そこに救急隊がいたら助かる可能性が上がる、これは事実です。イタリアより日本の方が医療も通信インフラも発達していますが、日本ではルール上できないわけです。総じて『文化の違い』とでも言えそうなことで、変化はなかなか起きません」。言葉にどんどん熱がこもっていく。

一般的な整形外科領域においても、発見があった。

「ヨーロッパでは腰痛などの痛みに鎮痛薬や注射を安易に処方することはあまりありません。『痛くなるのには原因がある、そこを治さないとまた再発する』という考えで、治療はリハビリがメインです。このため、リハビリテーションを専門とする医師や理学療法士の数が多く、さらに神経系、スポーツ系など専門性が細分化しています。リハビリで改善しなかったら手術を検討する、という流れです。そのためもあって、イタリアでは理学療法士の人気がものすごく高く、大学の入学試験が医学部よりも難しいのではないかと言われています。日本は、保険制度によって少ない負担で検査や薬を処方してもらえることもあって、患者さんに『自分で治す』という意識が薄くなっているのかな、と感じました。そのことがリハビリの普及を阻んでいるという一面もあると思います」

◆けがを治すだけでなく、けがをしない選手をつくる

イタリアから帰国後に就任したいわきFCは、「日本のフィジカルスタンダードを変える」ことをチームコンセプトに掲げていた。その実現のために齋田さんが取り入れたのが、前述した「データ分析とエビデンスに基づくトレーニングや食事」だ。基礎となるのは、選手個々の体の正確な把握。体重、体脂肪率、骨格筋量などを測定することに加えて、選手全員の遺伝子(ACTN3)検査を開始した。

「同じトレーニングをしても筋肉がつきやすい選手とそうでない選手、レスポンダーとノーレスポンダーがいます。遺伝子検査はそのような“体質”を見極める指標の一つです。がむしゃらではなく、効率的に体を鍛えよう、という意図です。せっかくトレーニングするんだから、みんなに成長してほしいですから」

ACTN3遺伝子はR/R型(速筋型)、X/X型(遅筋型)、R/X型(両筋バランス型)の3種類に分類される。R/R型はスピードとパワーを武器とする、陸上でいえば短距離タイプ。X/X型は持久力のある長距離タイプ、R/X型は両者の中間型だ。長距離タイプのX/X型の人は、同じトレーニングをしてもR/R型の人と同等の筋肉はつきにくい。このためより低い強度で回数を増やした運動をするのが効果的だという。

さらに採血による栄養状態のチェックも定着させた。「僕が来るまで、血液検査はやっていませんでした。今は年4回実施しています」。たんぱく質の摂取不足や貧血などが原因で、筋肉がつきにくかったり、速く走れなかったりことがある。「採血の結果に合わせて食事の量や内容を調整します。また食事で取った栄養素が実際にどう身についたかも、体重、体脂肪率、筋肉量を常時モニタリングして分析しています」。齋田さんはけがをした選手を治すだけの医師ではない。けがを予防することから、選手のフィジカル面の強化まで担う。新しいチームドクター像を創り上げている。

◆「日本にスポーツサイエンスを根付かせたい」

世界のスポーツ医学の最前線を見てきた齋田さんが、いわきという地方都市で、その実践を続ける目的は何か? 「日本にスポーツサイエンスを根付かせたいからです」という答えが返ってきた。「いわきをスポーツ医学だけでなく、運動生理学やスポーツ栄養学を含めたスポーツサイエンスの拠点にしたいですね。この領域を目指す若者、働きたい人が集まり、交流できる環境を作りたい。海外で学ぶ機会や仕組みも整えて、そこで得たものを全国に広めてもらえるセンターを立ち上げたいと思っています」

その思いを具現化する第一歩が、いわきFCと、いわき市に本社を構えてクラウド型診療記録システムを開発する株式会社ヘルシーワンが2019年1月に開設し、齋田さんが院長に就任した「いわきFCクリニック」だ。クラブの本拠地、いわきFCパーク内にあり、順天堂のスポーツドクターが交代で休日のスポーツ・整形外科外傷に対応する。受診者は練習や試合でけがをした中高生が最も多いが、地域の大人も受診することができる。地域医療への貢献が最大の目的だが、上級の日本スポーツ協会公認ドクターと若手医師が行うオンラインコンサルティングシステムも導入し、国内有数のスポーツドクター養成拠点となることも見据えたクリニックだ。「いわき市は医師の数自体が少ないのですが、さらに医師の平均年齢も非常に高いのです。このクリニックが、スポーツサイエンスを学びたい医療従事者がいわきを訪れるきっかけになってくれればうれしいです」と齋田さんは言う。

スポーツ医学と言うと、日本ではオリンピックのような競技スポーツばかりがイメージされがちだ。しかしその知見や技術は、高齢者の寝たきりを防ぐなど健康長寿を実現するノウハウと地続きにある。

「これからは生涯スポーツの時代です。体を動かすことは子どもからお年寄りまで、すべての人の健康に確実につながります。医療過疎地域であるいわきを拠点に、自分が取り組んできたスポーツ医学を通じて、地域の医療自体に貢献したい。『スポーツを介して地域社会を豊かにする、人を育てる』といういわきFCのビジョンは、僕自身のビジョンでもあるんです」

齋田さんのチャレンジはスポーツ医学を核に、そしてスポーツの枠を超えて広がっていく。

2005年、市原臨海スタジアムでのジェフユナイテッド市原のベンチで。右端は当時の監督、イビチャ・オシムさん=齋田さん提供
2015年、留学したイタリア、ACミラン選手育成施設のクラブハウスにて=齋田さん提供
2016年、留学先のIstituto Ortopedico Galeazzi(ガレアッツィ病院)の同僚(二人はACミランのドクター)たちと=齋田さん提供
2015年11月、インドで開かれたアジアサッカー連盟(AFC)の第5回AFCメディカルカンファレンスにて、第1回AFC Young Medical Officer Awardを受賞し、表彰を受ける齋田さん(中央)=齋田さん提供

PROFILE

順天堂大学 医学部 整形外科学講座准教授
齋田良知先生

2001年   順天堂大学医学部医学科卒業
2001年   順天堂大学整形外科・スポーツ診療科入局
2005年   アメリカ骨代謝学会Young investigator Award受賞
2007年   医学博士取得
2009年   順天堂大学整形外科 助教
2015年   AFC Young Medical Officer Award受賞
2015~16年 イタリア Istituto Ortopedico Galeazzi 留学
2018年   順天堂大学整形外科 講師
2019年   順天堂大学整形外科 准教授、いわきFCクリニック院長

【スポーツドクター歴】
2002年~  ジェフユナイテッド市原・千葉チームドクター
2008~09年 U18男子サッカー日本代表帯同ドクター、U20女子サッカー日本代表帯同ドクター
2010~15年 なでしこジャパン帯同ドクター
2015~16年 イタリア・セリエA「ACミラン」にてフェローシップ
2017年~  いわきFCチームドクター、いわきサッカー協会医事委員長
2018年   日本スポーツ外傷・障害予防協会設立、代表理事に就任

(肩書は2018年10月取材時のものです)

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