企業との共同研究で血液浄化療法や再生医療に力を注ぐ

現在、茨氏が最も熱心に取り組んでいるのは、血液浄化療法(PMX)である。人工透析のように、血液を体外で循環させてカラムに通し、エンドトキシン(内毒素)を吸着させた後に体内に戻す治療法である。
成人の敗血症治療用には、東レが世界で初めて血液浄化用浄化器を開発し製品化していたが、小児用、さらに新生児用にごく低用量(7mL)のカラムを新たに開発する必要があった。茨氏は、当時の東レの専務に、「新生児の予後が良くなり、生涯寝たきりになるような障害も減らせます」と直談判した。
数量からみて、新生児用は利益が出せない。しかし、茨氏の情熱にほだされ、トップダウンで東レが動いた。足かけでは10年ほどを要したが、治験なしで医薬品医療機器総合機構(PMDA)に承認された。国内では30施設以上が導入するなど広がりを見せ、世界に唯一の技術のため、国際協力機構(JICA)を通じてタイやロシアにも技術供与される予定である。
技術と志が両輪となって、茨氏の率いる新生児医療センターは、常に高みをめざしている。
胎児の死亡率をさらに下げるための技術の研究にも余念がない。脳を冷やして、脳が破壊されるのを食い止める脳低温療法にも積極的に取り組んでいる。
胎盤の早期剥離が起こるなどすれば、酸素が届かずに脳が障害を受けるため、脳障害を0にすることはできない。胎盤にできた血栓により、脳梗塞が生じることがある。未熟児では、脳に血流が行き渡らず脳性麻痺になることも多い。そこで、東レと共同で臍帯血から採取した幹細胞を脳組織に注入する再生医療にも挑む予定である。
「これが最後の大仕事と思って、再生医療に取り組んでいます。新生児は臍帯血あるので、万能細胞に近い細胞を用いることができる可能性があります。脳梗塞を起こした子どもたちに対する切り札になるでしょう」
茨氏が最初に救命した未熟児は、成人して30半ばになっている。成長の過程で小児科を受診したり、「卒業しました」「就職しました」と、茨氏のもとを訪れる。医者冥利に尽きる瞬間だ。
オフの時間には、好きな歴史書を読んだり、歴史番組を好んで見る。当地には、勇気と実行力で明治維新の時代を切り開いた、愛に溢れたリーダーがいた。人望があり、周りにたくさんの若者が集まったと言われる西郷隆盛の姿が重なった。茨氏自身も、周産期医療における歴史に名を刻んでいる。


