初期臨床研修の場で見出した興味は、
「予防医学」そして「疫学研究」

一昔前、つまり医師にとって臨床の道と基礎研究が二者択一の選択肢だった時代。研究テーマは教授から「~をやってみなさい」と下知されるものだった。後藤氏の場合、自分で発見し、選んでいる。しかも、初期臨床研修に身を投じている時期にだ。その1点だけをしても、明らかに新時代を感じさせる。
「私は初期臨床研修必修化の1期生ですが、研修のローテーションで公衆衛生の部門に行った際にこの分野に強い関心をいだきました。また、他科で急性期の治療に携わりながら、『この疾患は未然に防げなかったのか』とか、『この予後にどんな合併症があるのだろう。それは、どう防げるのだろう』という考えを何度も持ちました」

多くの研修医にとって、臨床研修での関心事は手技、治療法のはず。そんな中、予防に興味を持ち、深めた後藤氏のセンスは特筆すべきものだろう。
「少数派であったことだけは確かでしょうね」
診療科選択も、そういった論理展開の結果だ。
「予防医学に力を入れている診療科はどこだろうと検討した結果、『それは糖尿病、つまり内分泌・糖尿病内科』という結論に至りました」
そういった独特の思考を重ね、後藤氏は糖尿病専門医の道を歩むことになったのだ。そして、母校である横浜市立大学医学部の内分泌・糖尿病内科に入局。寺内康夫教授のもとで臨床を学び、臨床研究へのバックアップも得た。
「私は師に恵まれたと実感します。寺内先生の見識の高さと医局員の希望への寛容さがなければ、こうはならなかったと思う。特に、大学の外で学びたいという私の願いには全面的に協力してくださいました」

国立国際医療センター病院で糖尿病の後期臨床研修を行った際は、糖尿病臨床および疫学研究のエキスパートである野田光彦部長(現 埼玉医科大学教授)に指導を仰いだ。師の応援を背に、UCLAで疫学博士号を取得し、横浜市立大学大学院の博士号も取得。国立国際医療研究センター研究所勤務、東京女子医大助教とステップを踏みながら、糖尿病の疫学研究を前進させていった。
我が子のような研究成果が、世の中の役に立つ醍醐味

ここでひとつ、強調しておかねばならないことがある。後藤氏は研究者としてのキャリアを高め現在があるが、基盤はあくまで臨床医である点だ。
「疫学研究はとにかく面白い。ただ、一方で自分が臨床医である側面もないがしろにはしません。純粋に臨床も面白いですし、私の研究は臨床と切り離しては命脈が尽きると感じています。患者さんの何気ない一言が研究を前進させるきっかけになったことは数知れないのです。
また、糖尿病という疾患は、今後ますます予防が重視されるわけで、外来診察室で研究成果が生きる場面も増えてくると考えています。
実は、国立がん研究センターでは診療を行っていないのですが、いつか、臨床の現場に立ちたいと思っています」
臨床医のマインドを堅持しつつ、最先端の研究を続ける。今はまだ少数派だが、後藤氏の後に続く者も増えるのだろう。その姿に触れると、古くから言われる「医師も科学者である」との一言に深い納得を感じる。

「研究は、面白いです。また、その研究成果を世に出す過程にある困難の数々が、むしろやる気に火を付けてくれる。困難を乗り越え、我が子のような研究成果を世に送り出し、社会の役に立つというプロセスを経験すると、さらにこの世界にのめり込むことになります(笑)。
私の仕事には、そんな『二度美味しい』ところがあります」
最先端の遺伝子技術でわかってきたことは、
遺伝子の影響は小さそうだということ

話が、最新の疫学研究手法である分子疫学の話題に移った。
「分子生物学の知識と手法を応用した分子疫学は、疫学研究に大きなエポックを作りつつあります。それまでは、『とはいえ、疫学解析ですから仮説レベルですよねえ』と反応されてしまうことも多かったのですが、分子疫学は分子レベル、遺伝子レベルでのエビデンスを示せるわけですから」
その表情が知的好奇心が刺激されているのが、よくわかる。しかし、新しい刺激に浮き足立っていないところがまた、地に足のついた研究者の所以だとも思わされた。
「遺伝子レベルの研究が進んで、わかってきたことがあります。それは、糖尿病やがんの罹患リスクと遺伝子の因果関係は思ったより低いということ。遺伝よりもむしろ、後天的な環境や生活習慣の因子が重要だとわかりつつあります」
科学者との会話は、奥が深く、楽しい。しかも目の前の科学者は、臨床の現場で人とコミュニケーションするスキルも持ち合わせているせいで、伝える術にも満ちている。
ニュージェネレーションは時間とともにメインストリームになる。「こんな人」が中心にいる医療がスタンダードになった日には、日本という国の豊かさも一回り大きくなっているはずだと思えたのだった。