関東労災病院 経営戦略室室長 小西竜太先生|DOCTORY(ドクトリー)

臨床、教育、経営戦略を担う医師が、
フルパワーで紡ぐ現在進行形の、前史。

関東労災病院 経営戦略室室長 救急総合診療科部長
小西 竜太先生

小西竜太氏は、独立行政法人労働者健康安全機構関東労災病院(以下、関東労災病院)で臨床、教育、経営戦略の3つの要職を担う。参加する委員会は20を超え、もちろん日々は文字通り多忙。「ただ疾走するのみ」と覚悟し、目の前の課題とフルパワーで格闘している。「歯に衣着せぬ私を受け入れ、育ててくれる。この病院には、感謝の言葉以外ありません」と、柔らかに微笑むのだった。

救急総合診療科部長であり、経営戦略室室長である

小西竜太氏が手渡してくれた名刺には、3つの肩書きが記されている。業務の比率を訊ねてみた。
「救急総合診療科部長と卒後臨床研修管理室室長の2つが、勤務時間内の90%と10%。経営戦略室室長に、勤務時間外の20%ほどを使っています」

聞いた言葉の意味を反芻せず反射的に「90、10、20を足すと、120になってしまいますが」と聞き返し、笑われてしまった。
「いや、ですから、3つめの業務は、勤務時間外の20%です。休息したり、眠ったり、食べたりする時間を少しずつ削りながら経営戦略室室長の業務をこなしているという計算になります」

一般的に事務方スタッフのポジションとされる医療機関の経営戦略室室長を医師が担っているということで注目されがちだが、小西氏は、現役の総合内科医であり、診療科部長なのである。
「救急総合診療科は2013年に新方針のもとに生まれたばかりで、日々たくさんの患者さんを受け入れ、診療しながら、7名のスタッフと共にレベルアップの努力を継続しています。日中の時間のほとんどをそこに当てるのは、当然でしょう」

それまで別々に行っていた内科領域と外傷領域の初期診療を包括的に行う救急総合診療科立ち上げは、救急体制をER型へと大きく舵取りする意欲的な施策。ここが診療科横断、組織横断的な動きの震源地となることを期待されており、関東労災病院が今後、どんな医療を目指し、どんなやり方で医療の質を向上させるのかを意思表示したとも言える。卒後一貫して総合内科医としての研鑽を積んできた小西氏が、真骨頂を見せるには最適な場である。

米国大学院で学び、医療政策・管理学修士号を取得

HSPHでアドバイザーNancy Ternbullと
HSPHでアドバイザーNancy Ternbullと

2012年11月、ハーバード大学公衆衛生大学院(以下、HSPH)への2年間の留学を終えた小西氏は、関東労災病院で3つの役職を兼務する生活を開始した。

2010年に海を渡るまでの勤務先も、関東労災病院。つまりは、留学を経ての本拠への凱旋だ。手土産は、医療政策・管理学修士号だった。留学の成果について、聞く。
「とても有意義な勉強ができました。特に医療政策のベースとなる医療経済や医療倫理に関する理論は、日本では学べないものでした。ただ、病院経営のテクニカルな部分は、日本で独学したもので正しかったようです。新たな学びの感触はありませんが、間違っていなかった確認ができただけでも大いに意義があったと思います」

Ashish Jha教授と日本来訪時に
Ashish Jha教授と日本来訪時に

医療政策・管理学修士号を取得してまで手にした経営戦略室室長の業務が、時間外に追いやられているのはおかしくはないのか。
「経営戦略室長としての私の業務は経営・管理データ分析や経営方針の作成はもとより、医療安全・質改善、初期臨床・内科・救急研修プログラム運営関連、入院サポートセンター導入運営と様々。言い方を変えれば医療者が雑用とみなしている領域です。私も診療部門の責任者なので、どうしてもそれをこなしてからになりますが、時間外だと余計なコールもかからず集中できます。雑用係の総本山として、全スタッフの業務を陰で支える雑用係のクオリティが、むしろ、これからの病院経営の肝になるのだと信じています」

さらに、答えが続く。
「HSPHで学んだことは、現状、ほぼ役に立っていないと言えるでしょう。生かす機会は、現在の当院にはありません。ただ、それは当初から覚悟していたことなのでストレスは皆無です。今回得た知識が生きるのは、5年先、あるいは10年先のはず。修士資格と経営戦略室室長職は、イコールで直結したものではないのです」

就任後4年を経て、成果は徐々に現れている

とはいえ、経営分析や経営方針の作成といった枢要に深く関わるセクションに変わりはない。経営戦略室室長に、病院の現状と未来について質問した。
「独立行政法人化した国立系病院共通のテーマですが、甘えの許されない環境に送り出され、健全な急性期病院として組織を再構築する途上で悩んでいます。
国立でなくなったものの、完全なる民営とも言えない。様々な制約が残る中で、大学病院や民間病院に互して生き残っていかなければならないのですから。

そのためには、小さなことから始める必要があります。特に医師は、『診療さえしていれば、細かいことはいいだろう』となりがちです(笑)。その細かいことから正していかなければ、組織がだめになる。土台がしっかりしていなければ、いかに良いアイデアがあっても生かすことなどできません」

成果は?
「徐々に4年で成果が着実に現れています。例えば、各科から現場で教育する若手指導医を研修委員会のメンバーに組み入れ、研修内容から研修医の採用基準まで包括的に見直したこともあり、初期臨床研修では当院の人気度が全国上位にランクされるようになりました。今後も、焦らずに、地道に積み上げて行きます」
「雑用係」、「全体のサポート」といった一歩引いた役割を医師が担うことに疑問はないのだろうか。
「まったくありません。むしろ、この領域には医師にしかできないことが数多くあり、これまで、それがないがしろにされ過ぎていたと思います。
たとえば、多職種でできあがった組織が、医療に関して同じ認識を共有するには医師の医学知識、医療知識をベースにした全職種にわかる『共通語』への翻訳作業が絶対に必要です。医師にしかできない重要な役割を担っている充実感は、経験してみないとわからないかもしれません」

PROFILE

関東労災病院 経営戦略室室長 救急総合診療科部長
小西 竜太先生

2002年3月 北海道大学医学部医学科卒業
2002年4月 沖縄県立中部病院
2006年4月 沖縄県立南部医療センター・こども医療センター
2008年4月 関東労災病院
2010年6月 Harvard School of Public Health(ハーバード大学 公衆衛生大学院)へ留学
      (2012年5月医療政策・管理学修士課程卒業)
2012年11月 関東労災病院

(2016年5月取材)

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