医療技術の発展に伴い、救命率が向上する一方で、医療依存度の高い重症児も増えています。日常的な在宅医療を必要とする小児には、専門家の介入が欠かせません。同時に、介護者の負担を軽減するためにも、福祉の充実や地域的な介入が求められています。少子高齢化が進むなかで、高齢者に対する福祉が強化されていますが、小児在宅医療の現場はどのような状況にあるのでしょうか。今回は、小児在宅医療の現状とニーズ、小児在宅医療の課題についても紹介します。
- 小児在宅医療とは、医療的ケアが必要な子どもが自宅で安心して過ごせるように、定期的に自宅へ訪問して診療などを行う医療サービスのこと。
- 小児在宅医療の対象は、新生児から成人まで(0歳から20歳まで)。
- 小児在宅医療の課題として、小児在宅医の不足、社会福祉制度の整備や機能に対応の遅れがあることなどが挙げられる。
- 小児在宅医療を担う医師には、小児患者とその家族への包括的支援、他職種や地域との連携、成長度に応じたサポートが求められる。
1.小児在宅医療とは

小児在宅医療とは、医療的ケアが必要な子どもが自宅で安心して過ごせるように、定期的に自宅へ訪問して診療などを行う医療サービスを指します。ただし、公的機関による明確な定義はなく、厚生労働省の「小児在宅医療の全体像」では、「在宅医療という観点で見れば、小児も高齢者も大きくは変わりません」と提示しています。
とはいえ、成人や高齢者を対象とした場合と小児では、必要とされる支援内容も異なる点があります。成長期を迎える小児を対象とすることから、保育や教育、保健などの分野において専門家の介入が欠かせません。そのため、厚生労働省「小児在宅医療の全体像」では、「小児を支援すべき行政部署や専門職は高齢者と異なるところが多いため、小児在宅医療は特別な整備が必要です」と述べています。
1-1.小児在宅医療の目的
厚生労働省は、「小児在宅医療の目的」を以下のように定めています。
1.全ての子ども、どんな重い障害や病気をもった子どもも、一人の「人」として大切にされ、家族の絆、地域のつながりの下で、それぞれがもって生まれた「いのち」の可能性をできる限り発揮して、生き切ることができる社会を実現する。
2.在宅医療という形で、地域基盤(communitybased)の多職種連携(multi-disciplinary)による包括的ケア(comprehensive care)を行い、Patient&Family-Centered Careを実現する。
1-2.小児在宅医療の対象
小児在宅医療の対象は、「新生児から成人まで(0歳から20歳まで)」です。以前は、15歳までを目安とされていましたが、平成18年に日本小児科学会が対象年齢を引き上げ、20歳の成人も対象に含まれるようになりました。
小児医療は成長期の子どもを対象とするため、ステージごとにさまざまな知識が求められます。内科や外科といった診療科を超えて、子どもが抱えるさまざまな疾患や不調に対して、治療を行う必要があり、幅広い知識が求められます。小児在宅医療では、心身に疾患を抱える重症児も対象となり、より高度な専門性が必要とされます。
1-3.小児在宅医療を必要とする医療的ケア児とは
小児在宅医療を必要とする子どもの多くは、医療的ケア児に該当します。
医療的ケア児とは、厚生労働省は「医療的ケア児等とその家族に対する支援施策 – 1.医療的ケア児について-」において「医学の進歩を背景として、NICU(新生児特定集中治療室)等に長期入院した後、引き続き人工呼吸器や胃ろう等を使用し、たんの吸引や経管栄養などの医療的ケアが日常的に必要な児童のこと」と説明しています。
必要な医療的ケアの内容は、患者によって異なります。在宅医療に移行した場合、可能な場合は医療従事者の指導を受けた家族が行います。
在宅医療として、医療的ケア児に提供されている医療的ケアの主な内容は以下のとおりです。
1.人工呼吸器
2.気管切開の管理
3.鼻咽頭エアウェイの管理
4.酸素療法
5.吸引(口鼻腔内、気管内)
6.ネブライザーの管理
7.経管栄養
8.中心静脈カテーテルの管理
9.皮下注射
10.血糖管理
11.継続的な透析
12.導尿
13.排便管理
14.けいれん時の対応
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2.小児在宅医療の現状

厚生労働省の統計によると、全国の医療的ケア児(在宅/0歳~19歳)は、2005年から2021年の16年間で約2倍に増加しています。また、いずれの年齢階級でも医療的ケア児が増加傾向にあり、現状では低年齢階級ほど人数が多くなっています。結果として、小児在宅医療を必要としている家庭も増えていると考えられます。
参照:小児在宅医療の全体像(行政とのかかわり〜制度まで)|厚生労働省
医療的ケア児の増加に至った主な要因としては、総合周産期母子医療センターやNICUの増設など、高度な医療施設の整備が進んだことが大きく関連しています。つまり、人工呼吸器などの医療機器や技術の進歩により、小児の生存率が向上した一方で、これまでであれば死亡していた症例において、継続的な医療ケアが必要ではあるものの生存し、在宅医療に移行したケースが増加したということです。
なお、厚生労働省が公開している資料によると、小児在宅医療の対象となる子どもの特徴として、以下の点が挙げられます。
●医療依存度が高い
●成長に従って、病態が変化していく
●本人とのコミュニケーションが困難なことが多く、異常であることの判断が難しい
●24時間の介助が必要 独居では生存不可能で数分間も目を離せない
●成長(体験を増やす、できることを増やす)のための支援が必要
3.小児在宅医療の課題

続いて、小児在宅医療の課題を見てみましょう。
3-1.小児在宅医の不足
小児在宅医療では、医師による定期的な診療が欠かせません。しかし、現状において、小児在宅医療を担う地域密着型の小児科医が不足していることが課題となっています。
各地域で開業する小児科医が、小児在宅医療に参入できる体制を整えることで、小児在宅医の不足解消が期待されていますが、小児在宅医療を担うためには、人工呼吸器をはじめとする複数のデバイス管理も含めた高度医療の知識や技術が求められます。こうした専門的知識をもつ小児在宅医は限られており、確保が難しい状況が続いています。
3-2.社会福祉制度の整備や機能に対応の遅れがある
これまで日本の在宅医療は、高齢者や成人を対象に制度や環境の整備が中心でした。近年の医療的ケア児増加に伴い、さまざまな施策が進められていますが、小児在宅医療をはじめとする支援体制の整備が追い付いていません。
2021年には、「医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律(令和3年)」などが施行され、国や自治体による支援が「努力義務」から「責務」とされましたが、いまだ十分に機能していない状況です。
また、高齢者や成人を対象とする地域包括ケアでは、対象者が必要なケアを受けられるように支援する職種間を調整するコーディネーターが存在し、円滑な支援の提供を実現しています。一方、小児を対象とする地域包括ケアは、コーディネーターが不在であったり、十分に機能していなかったりする地域も多く見られます。
今後は、コーディネーターの確保のための人材育成と育成プログラムのなかにプログラムに医療的知識を含めること、モニタリング機能を整備することで多職種の連携を密に行えることを通し、必要な支援を包括的かつ継続的に安定して提供できる環境を整えられることが期待されています。
3-3.専門家による支援体制が十分ではない
多くの場合、対象となる小児患者は在宅医療を利用しながら、大学病院などの医療機関に定期的な通院を行います。可能な場合は特別支援学校への通学を行うこともあるでしょう。在宅医療においては、高齢者と比べて、小児で訪問診療や往診を受けるケースは少ないのが現状です。
どのようなケースにおいても、小児在宅医や看護師のほか、歯科医師、薬剤師、作業療法士や理学療法士などリハビリを担う専門職、教育を担う専門職との連携が必要です。また、成長に合わせた教育や福祉の提供が必要であり、個別化した対応が求められます。
しかし、なかには、専門職による支援が十分に受けられないケースもあります。自治体の制度が整っていないケースや、深刻な担い手不足、専門職の偏移などの地域格差があり、医療的ケア児とその家族が十分な支援を受けることが難しい場合があるのが現状です。
また、専門家による支援を受けられたとしても、24時間体制で家族による介護や医療ケアを継続するのは、かなりの負担を強いられます。在宅医療を受ける小児と、その家族への支援充実が期待されています。
3-4.対象者の数と重症度の現状が不明である
医療的ケア児が増加傾向にあるというデータはあるものの、実際に小児在宅医療の対象となる子どもたちが日本全国にどれほどいるのか、どのレベルの重症度なのかなどについては、明確な資料が整っていないのが現状です。
これは、支援制度が複雑であるため、統計調査を行うことも難しいことが要因の一つとされています。地域の支援制度を充実させるためには、統計調査が必要ですが、調査をするためには、支援制度を整備する必要があるというジレンマが生じています。
4.小児在宅医療を担う医師に求められること

在宅医療といっても、高齢者と小児では、異なる資質が求められます。小児在宅医療に関わる際に求められるポイントを見てみましょう。
4-1.小児患者とその家族への支援を包括的に検討できる
小児在宅医療を担う医師は、小児科医として幅広い状況に対応できるスキルに加えて、対象となる子どもに限らず、その子の生活を支える家族にもより沿った支援ができる能力が求められます。対象のなかには、意思疎通の難しい子どももいるため、介入に対する判断や評価などに困難を感じる場合もあるでしょう。多職種との連携を密に行い、カンファレンスなどを通して乗り越えていく姿勢も大切です。
4-2.他職種や地域と、スムーズに連携できる
小児在宅医は、主治医や訪問看護ステーションなどと連携し、福祉施設や学校との調整、予防接種などを行い、医療的ケア児の生活と発達を支える役割を担います。他職種との連携におけるリーダー的存在として、コミュニケーション力や柔軟な対応力も必要とされるでしょう。
加えて、小児患者が成長し、成人を対象とする医療に切り替えていく「移行期」においては、通院している地域の病院やクリニックとの連携が欠かせません。個々に疾患や自立の状況などが異なるため、移行期の支援も個別に対応することになります。専門家との連携を強化しながら、成人期以降の医療ケアをどのように支えるかを検討、実行するスキルが求められます。
4-3.それぞれの成長度に応じたサポートができる
小児在宅医は、小児患者の診察や治療、体調やデバイスの管理だけでなく、それぞれの子どもに応じた成長発達をサポートしていくことも求められます。在宅医療を必要とする子どもは、成長発達も個人差が大きいため、それぞれの成長過程を見守りながら適切な支援を提供できることも重要です。
どの子どもにも教育を受ける権利があります。それぞれの状態に応じて、可能な限り教育の機会を提供することも念頭に置かなければなりません。医療サービスの提供に関わらず、発達度を把握しながら、専門家と協議し、教育機関と連携をとりながら、それぞれの小児患者の力を伸ばすための関わりに取り組める意識も必要です。
5.小児在宅医療を支えていこう
小児在宅医療は、今後もニーズが高まっていくことが予測されます。医療的ケア児が地域のなかで安心して生活し、それぞれの子どもに応じた成長を促す支援を行えることは小児科医として大きなやりがいを感じることができるでしょう。これからもさまざまな支援制度や政策が展開されていくはずです。厚生労働省や自治体の最新情報を確認しながら、どのようなサポートができるのか、医師ならではの視点で情報収集を行ってみましょう。
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