デジタルセラピューティクス(DTx)という言葉をご存知でしょうか? デジタル治療とも呼ばれる技術で、新たな治療手段として注目されています。最新の取り組みであり、具体的にどんなものを指すのか、理解が難しいという人も多いかもしれません。今回は、デジタルセラピューティクス(DTx)の役割などについて解説するとともに、最新事例を紹介します。
- デジタル技術を活用した新しい治療法に興味がある方。
- DTxや治療用アプリについて詳しく知りたい方。
- 医療の質向上や医療費削減への取り組みに関心がある方。
目次
デジタルセラピューティクス(DTx)とは?

まずは、デジタルセラピューティクス(DTx)の概要を確認しておきましょう。デジタルヘルスとの違いについても解説します。
1-1. デジタルセラピューティクス(DTx)とは
デジタルセラピューティクス(DTx/Digital Therapeutics)は、明確な定義があるわけではありませんが、大まかな傾向として「医学的な障害や疾患の治療、管理、予防を目的に、ソフトウェアプログラムを利用してエビデンスに基づく治療的介入を患者さんに提供すること」ととらえることができます。
デジタルセラピューティクスは日本においては、「治療用アプリ」や「デジタル治療」「デジタル薬」などとも呼ばれます。例えば、日本初のDTxには「ニコチン依存症治療アプリ」などがあり、2020年に薬事承認され、その後保険診療として処方されるようになりました。そのほか、海外では糖尿病領域での活用や、ポータブル型全身超音波スキャナなどの開発や普及が進められています。
市場規模は、年率25~30%程度の高い成長率が見込まれており、今後の発展が大きく注目されています。
1-2.デジタルヘルスとの違い
デジタルヘルスとは、病気の管理や健康増進を意味するヘルスケアの分野においてデジタル技術を活用するものです。一般的な健康増進や健康管理を目的としており、具体的には、スマートフォンと連動するスマートウォッチなどのウェアラブルデバイスなどが挙げられます。ツールを使って得られる心拍数データから不整脈を検出したり、血糖値の変動を持続的にモニタリングすることで厳密な血糖コントロールを可能にしたりするのが目的です。そのほか、日々の生体情報を基にAI技術がリハビリ計画の立案や患者さんの回復度の予測なども行うシステムもあります。
一方、DTxは、「医療行為」の一環として使用されるものであり、デジタルヘルスのように健康増進・健康管理を目的としたものではありません。保険診療の一部に適用されるケースもあり、治療用かどうかという点がデジタルヘルスとの大きな違いといえます。DTxは、基本的に「医師に処方されなければ利用できない」ため、何らかの疾患と判断されたケースにのみ使用されます。
デジタルセラピューティクス(DTx)の役割

デジタルセラピューティクス(DTx)は治療方法の1つとして選択され、患者さんの回復や症状緩和に役立つものです。今後の発展に伴い、「診療の質の向上」「処方する医薬品を削減できる」「医療費の抑制」の3点において、その役割を果たすことが期待されています。それぞれのポイントを詳しく見てみましょう。
2-1.診療の質の向上
DTxでは、患者さんが診療に必要な情報を、指定のフォームなどに直接入力できるものもあります。また、これまで困難だった患者さんの日常での生体情報を、機器を通して確認できるため、変化を見ることができます。そのため、医師は、継続した治療において問診の手間を簡略化でき、継続した診療情報を得られるのも利点です。
加えて、DTxは、単独による使用だけでなく、薬や機器、その他の治療法と組み合わせて使用することが可能で、患者さんの治療や健康状態の最適化を促すことが可能です。患者さんの診療に必要な情報の収集や共有が容易になることで、限られた時間の中でも質の高い診療を実現できるとされています。
2-2.処方する医薬品を削減できる
DTxにより、患者さんの症状をコントロールできれば、従来使用されていた薬物治療の機会が減ります。さまざまな疾患に適用できれば、今後、処方される医薬品の削減に寄与するのではないかと期待されています。特に高齢者におけるポリファーマシーの問題の対策として、DTxの活用が注目されています。
2-3.医療費の抑制
超高齢社会を迎えた日本にとって、医療費の抑制は大きな課題の1つです。DTxによる処方医薬品の削減が実現すれば、国内の医療費抑制にもつながるでしょう。さらに、現時点では実用化されていないものの、「疾患発症予防」につながるDTxの開発も進められています。将来的に実用化され、普及が進めば、患者さんの生活習慣の見直しや健康増進のための具体的な対処方法を提示できるようになります。
デジタルセラピューティクス(DTx)の最新事例

では、実際に、医療現場では、どのような疾患でデジタルセラピューティクス(DTx)が使用されているのでしょうか。最新事例をいくつかご紹介します。活用を検討される際には、各企業サイトをご参照ください。
ニコチン依存症治療「CureApp SC ニコチン依存症治療アプリ及びCOチェッカー」/株式会社CureApp
先にもご紹介しましたが、治験を含む複数の臨床試験を経て、日本のDTxにおいて初めて医療機器として承認されたのが、株式会社CureAppが開発したDTx「ニコチン依存症治療アプリ」です。
スマートフォンにダウンロードして使用するアプリと、息に含まれる一酸化炭素濃度を測定して、喫煙状況をモニタリングするCOチェッカーを組み合わせたもので、アプリを通じて得られる患者さんごとの日々のデータを、医学的知見を搭載したアルゴリズムが解析し、その時々の状況にあわせて医学的に適切な治療介入が行われます。
さらに、アプリに蓄積されたデータは医療従事者に提示され、状態変化の把握が容易になり、診療の効率化と質の向上を図れます。
3-2.高血圧治療アプリ「CureApp HT」/株式会社CureApp
国内2番目に承認されたDTx「CureApp HT」は、1例目と同じく株式会社CureAppが開発した高血圧治療アプリです。高血圧と診断された患者さんを対象に、医学的根拠に基づいて6ヶ月間にわたり、生活習慣の見直しをサポートします。スマートフォンにダウンロードして使用するアプリと、血圧計を使用します。患者さんが測定した血圧の数値をアプリに入力すると、降圧につながるプログラムが提供されます。
アプリに入力された数値やプログラム実施状況などが医師向けのアプリに送信されるため、状態変化を確認しながら、次の診療を行う流れです。
臨床試験では、本態性高血圧患者のうち、生活習慣の修正により、降圧効果を十分に期待できると医師が判断した者を対象とした治験が行われ、ABPMによる24時間の収縮期血圧のベースラインからの変化量(12週時)は、対照群-2.5㎜Hgと比べ、本品群は-4.9mmHgであったことが報告されています。
3-3.不眠治療アプリ「サスメド Med CBT-i 不眠障害用アプリ」/サスメド株式会社
サスメド株式会社が開発したDTx「サスメド Med CBT-i 不眠障害用アプリ」は、不眠障害において認知行動療法(CBT-i)を実施できるアプリとして、薬事承認されました。スマートフォンにダウンロードして使用するアプリで、定期的に睡眠に関する認知行動療法(CBT-i)のプログラムを受ける内容です。
アメリカでは不眠症治療の第一選択として、認知行動療法が推奨されており、副作用のない治療が進められています。現在の日本では、医療現場の人員不足などで、こうした治療方法が十分に普及していないためDTxの活用が期待されています。
「サスメド Med CBT-i 不眠障害用アプリ」は、9週間の利用でアテネ不眠尺度(AIS)が6未満になった割合が、統計学的にも有意に高い結果となりました(対照群:10.2% 本品群:37.9%)。ただし、2024年1月時点で保険診療は適用されておらず、今後の動向に注目が集まります。
デジタルセラピューティクスの今後と課題

DTxの活用で、医療の質向上などが期待されますが、まだまだ課題も残っています。例えば、アプリ等を通じて個人の健康情報を扱うため、安全にプライバシーやデータ保護しなければいけません。また、医療機関で利用されている電子カルテ等との連携においても不十分で、総合的に体制を整えなければなりません。
高齢の患者さんの場合は、デジタル端末を利用していなかったり、操作方法がわからなかったりするという状況も考えられます。DTxの適応患者さんであっても、機器類やアプリが利用できなければ、処方は難しいでしょう。加えて、保険診療を適用させるには、安全性や有効性を評価するための基準や制度、承認までの仕組みづくりが必要であり、国内での規制緩和も課題となってきます。
とはいえ、将来的にはDTxの発展が見込まれており、医薬品、医療費の削減に加え、診療の効率化につながるものとして注目されています。近年では、海外動向を受け、日本でもDTxの実用化促進に向けて国を挙げて準備が進められおり、DTx市場の急拡大も見込まれています。
デジタルセラピューティクス(DTx)について理解を深めて有効に活用しよう
DTxの発展により、今後も新しい治療法の提供が可能になると考えられます。課題が残っているものの、開発が進むにつれて、より使いやすく、最新の治療法が取り入れられるかもしれません。患者さんに有効な治療法の選択肢を提供できるよう、DTxの動向に注目し、適切に処方できるように情報を集めてみてはいかがでしょうか。