日本人の死因第3位になった「老衰」の定義は意外に難しい|スペシャルコラム

日本人の死因第3位になった「老衰」の定義は意外に難しい

厚労省が発表した人口動態統計により、2018年に亡くなった人の死因は「脳血管疾患」を抜いて「老衰」が第3位となったことが判明しました。医療の進歩によって今後も「老衰」で亡くなる方が増加することが予測されますが、意外にも老衰の「本質はいまだよくわかっていない」と長尾和宏先生はいいます。老衰とはいったい何なのか、死因としての「老衰」の増加は何を意味するのか——「町医者」として慢性期医療に携わる同氏が綴ったWeb医事新報の連載「町医者で行こう!!」第99回「死因第3位になった老衰」を転載し、紹介します。

老衰が死因第3位へ

厚生労働省が公表した2018年人口動態統計月報年計(概数)によると、老衰による死亡数が脳血管疾患による死亡数を上回り死因の第3位になった。日本人の3大死因は悪性新生物(腫瘍)・心血管疾患・老衰となった。2018年の死亡数は前年比2万2085人増の136万2482人。死亡数を死亡順位別にみると、第1位は悪性新生物の37万3547人(人口10万対死亡率300.7)、第2位は心疾患(高血圧性を除く)の20万8210人(同167.6)、第3位は老衰の10万9606人(同88.2)、第4位は脳血管疾患の10万8165人(同87.1)、第5位は肺炎の9万4654人(同76.2)である。全死亡者に占める構成割合は、悪性新生物27.4%、心疾患15.3%、老衰8.0%、脳血管疾患7.9%、肺炎6.9%などとなっている。

老衰は1947年をピークに減少傾向が続いていたが、2001年以降、死亡数・死亡率ともに増加。2018年には脳血管疾患に代わって死因の第3位になった。脳血管疾患は1970年をピークに減少し始め、1985年には心血管疾患と代わって第3位となり、その後は死亡数・死亡率ともに増減を繰り返しながらも減少傾向が続いてきた。悪性新生物は1981年以降死因順位の第1位となっており、2018年には全死亡者のおよそ3.6人に1人が悪性新生物で死亡したことになる。ちなみに当院では昨年約120名の在宅看取りがあったが、第1位は悪性新生物で、第2位は老衰であった。平均的なかかりつけ医が提供している在宅医療においては、老衰が上位になるのではないか。当院においてこれまでさまざまな経歴の医師が在宅医療に関わってくれたが、なかなか老衰と書いてくれない医師もいた。もし私が全部の診断書を書くならば、老衰が第1位になるかもしれない。

定義は意外に難しい

老衰の本質はいまだよくわかっていない。「老化」そのものが医学的にまだ明確に定義できていないのである。そもそも人はなぜ老いるのか。なにをもって老いと呼ぶのか。テロメアの短縮やミトコンドリアの劣化など細胞レベルの老化と個体レベルの老化の関係性も充分に明らかではない。では老衰という病態はないのか、と問われたら答えはもちろんNOだ。どう考えても「老衰」としか表現できないような最期がある。当たり前だが、人間も動物も同じで、長生きすれば自然に徐々に枯れるように衰えて迎える最期がある。在宅医療に従事していて超高齢であるほど老衰と書きやすいが、まだ70歳台であっても老衰と書いた経験がある。早老症という病態が知られているが、そこまでいかなくても老い方には個体差がかなりある。たとえ同年代であっても年をとるほど老い方のばらつきの幅は大きくなる。

厚労省の2019年度版死亡診断書(死体検案書)記入マニュアルでは「老衰」について、「死因としての『老衰』は、高齢者で他に記載すべき死亡の原因がない、いわゆる自然死の場合のみ用いる」と記載している。さらに「ただし、老衰から他の病態を併発して死亡した場合は、医学的因果関係に従って記入することになる」とある。すなわち老衰による誤嚥性肺炎と書いてもいいことになる。 第1病名が誤嚥性肺炎で第2病名が老衰は、ありだ。しかし背景に老衰があるか否かは医師の判断によるので、老衰が本質であってもそれを書かなければ誤嚥性肺炎が死因として統計処理されるのかもしれない。

一方、江崎らは100歳以上の長寿者(百寿者)の病理解剖を検討した(江崎行芳, 他:「百寿者」の死因 病理解剖の立場から. 日本老年医学会雑誌. 1999; 36(2):116-21)。解剖した42例すべてに死因として妥当な病気が見つかったという。敗血症16例、肺炎14例、窒息4例、心不全4例などだ。超高齢者では、①免疫機能の低下、②嚥下・喀出機能の低下―が致死的な病態と結びつきやすい。しかし、これと「老齢であるが故の自然死」とは関わりがない。よって「老衰死」なる言葉に科学的根拠があるとは考え難い、としている。つまり純粋な老衰というものは稀で、老衰死と表現することは科学的とは言えないらしい。今後、老衰の取り扱いに関しては、さまざまな議論と工夫が必要であろう。

老衰を知らないメディアと司法

亡くなる場所によって、あるいは死亡診断書を書く医師によって死亡病名がかなり変わるのではないか。前述したように明らかに老衰と思われる死亡でも、医師によっては肺炎や心不全と書くことがよくある。大学病院に勤務の医師のなかには「老衰」と書かないことを信条としている人もいる。人が死ぬ=必ず原因や病気があるはず、という思考である。枝葉末節に拘るなら、血管内凝固症候群や呼吸不全と書く医師もいるだろう。だから今回、老衰が第4位から第3位に浮上したというが、実態としてはもっと多いと推測する。

介護施設では終末期になれば点滴を絞って看取ることは、当然のことである。自然な脱水を見守るのがいわゆる平穏死、あるいは尊厳死である。しかし「点滴を絞ったから亡くなった」という書き方で報じるメディアがある。終末期以降は点滴を絞ったほうが圧倒的に苦痛が少なく長生きするのに、「点滴を絞ったから亡くなった」というニュアンスで大々的に報じる。また最期まで口から食べて、誤嚥性肺炎を併発して亡くなった場合はどうだろう。自宅で亡くなれば美談になるのだろうが、介護施設だと家族が「食べさせたから亡くなった」という理由で施設を訴えることがある。老衰を理解しない司法が2000万円前後の賠償命令を下したケースもあった。こうした間違った司法判断が、介護現場を防衛介護に追い込んでいる。死亡診断書に老衰と書くと怒る家族もいるというから話が厄介だ。また、それをわざわざ事件のように報じて煽るメディアが後を絶たない。高齢者の人工透析非導入や終末期の透析中止を、あたかも殺人や安楽死であるかのように報じるメディアも同じスタンスである。このように平穏死を理解しない医師、メディア、そして司法がこの国の終末期医療を歪めている。

老衰という文化

老衰とは自然死である。たとえ胃ろうをしていても、最期まで口からも食べることを諦めず、かつ注入栄養量を徐々に絞った最期であるならば、超高齢であれば死亡診断書に老衰と書くだろう。多少の呼吸不全や腎不全や貧血があっても、全体像として「老い」が土台であると判断したなら、老衰と書くべきだろう。昔、研修医であったころは死亡診断書に「老衰」と書くのが怖かった。周囲の目もあり、なんとなく書きにくかった。しかし今では家族と相談の上だが、堂々と「老衰」と書いている。書いた後は「生き切った」ことを労う言葉を家族にかけ、しばし談笑する。患家を出る時にはむしろ清々しい気持ちになる。町医者を四半世紀もやっていると老衰への対応も天と地ほど変わってくる。

老衰は医学用語というよりも社会的ないし文学的な表現にも思えてくる。臓器別縦割りという視点では決して書けない、まさに総合診療的な死亡病名なのかもしれない。いや、死亡病名というより死亡時の状態と言うべきだろう。世界で最も早く超高齢化を先取りしている日本において、老衰が増えるのは極めて自然、当たり前の帰結だろう。将来、死因の第1位になる可能性も充分ある。国によって人口ピラミッドがまったく違うのに死因統計を国際比較してもあまり意味がない。仮に百寿者が100万人になれば、老衰が死因の大半になるはずだ。健康長寿と老衰は決して相反しない思想である。老衰とは平穏死でもある。そして老衰は日本の文化であると考えるが、いかがだろうか。

出典:Web医事新報
※本記事は株式会社日本医事新報社の提供により掲載しています。

PROFILE

長尾和宏(ながお かずひろ)

1984年東京医大卒。95年、尼崎市に複数医師による年中無休の外来・在宅ミックス型診療所「長尾クリニック」を開業。近著に『病気の9割は歩くだけで治るPART2 体と心の病に効く最強の治療法』(山と渓谷社)など

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