2015年に遠軽厚生病院の産婦人科医がゼロになった際には、町の職員たちが一体となって全国に向けた医師の公募活動を展開。その先頭に立ったのが佐々木 修一 町長だ。遠軽厚生病院との関わりも深い佐々木町長に、町としての医療への向き合い方や、遠軽町で働くことの魅力などを語ってもらった。
地域や北海道のみならず、日本の一次産業を支える遠軽厚生病院
遠軽厚生病院は、地域にとってどのような存在の病院なのでしょうか?
広大な面積の北海道は14のブロックに分かれています。そのなかで私たちが住む遠軽町は、オホーツク総合振興局というブロックにあたり、さらに網走地域と北見地域、遠軽町と隣の紋別市を中心とした遠紋地域の3つに分類されます。オホーツク総合振興局は、農業の生産高が道内2位、水産と林業はどちらも1位と、まさに北海道の一次産業を担っているエリア。そうした地域の人々の暮らしを医療の面で支えているのが、我々の遠紋地域にある遠軽厚生病院です。
遠軽厚生病院は総病床数が337床、5階建ての大きな病院ですが、この中核病院がしっかりと機能してこそ、オホーツクの海に出る漁師さんや農家の方、酪農家の方など、一次産業に従事する方たちの安心な暮らしを支えることができる。そして、そうした方たちが落ち着いて働ける環境があってこそ、東京をはじめとする全国のみなさんに、北海道産の玉ねぎやじゃがいも、魚介などを届けることができます。つまり、遠軽厚生病院はこの地域や北海道の一次産業のみならず、日本の一次産業を支える存在とさえいえるのです。
全国9000名以上の医師に向けて、職員が一生懸命に手紙を出した
遠軽町は、「地域医療にコミットする自治体」としても知られています。町として、地域の医療に深く関わるようになった経緯について教えてください。
2004年に新医師臨床研修制度(初期研修制度)がスタートして以来、地方の医師不足が顕著になり、2015年にはついに遠軽厚生病院に常勤する産婦人科の医師がゼロになってしまいました。それまで病院には3名の医師が在籍し、遠軽町と紋別市、さらには近隣の各町や里帰り出産なども含めて年間で約360人の赤ちゃんを取り上げていたのですが、それができなくなった。
遠軽厚生病院で出産ができないとなると、妊婦さんは自動車で1時間以上、公共交通機関なら半日ほどかかる北見までいかなくてはなりません。冬になると、雪で思うように動けない日も少なくありませんが、そんななかで出産に立ち向かわなければいけないわけです。
遠軽厚生病院がカバーする医療圏は、1市6町1村からなる広大な範囲におよんでいますが、そうした地域で安心して子どもが産める場所が守られていないと、地方創生など絵に描いた餅です。だからこそ当時は、地域を支える周産期医療の砦として、どうにかして遠軽厚生病院の産科を継続させたかった。それで、近隣の各町の協力を得ながら、産婦人科の先生を全国から募集する取り組みをはじめたのです。
首都圏の電車を「医師募集」の中吊り広告で埋め尽くしたり、全国の約9000名の医師のみなさんに対して、町の職員が手紙を出したり……。そうした活動の成果もあって、2016年には遠軽厚生病院での出産が再開できるようになり、現在は関西からきてくださった2名の先生が病院の産科を支えてくださっています。
へき地医療の課題を解決するために、地方から声をあげ続ける
遠軽厚生病院に産科医の先生がこられて出産が再開されたとき、町民のみなさんからはどのような反応があったのでしょう?
遠軽厚生病院の産科存続を求める署名活動などもありましたし、町民のみなさんの強い思いは日々感じていました。そうしたなかで、産科の先生にきていただけることになったので、毎年9月に開催される「コスモスフェスタ」の開花宣言花火大会の場で、私から町民のみなさんに直接報告させてもらったんです。
みなさん本当に喜んでおられましたね。ステージから降りたときには、小さなお子さんを抱いた若いご夫婦が私のところにやってきて「二人目も遠軽で産みます!」と声をかけてくださった。とても感動しましたし、あの言葉はずっと忘れないと思います。
とはいえ、都市部の病院に研修医が偏ってしまう現行制度のままでは、過疎地域の医師不足は解消できません。もちろん我々としても、全国に向けた医師募集の取り組みなどは継続していきますが、市町村単位の取り組みには限界がある。将来にわたって安定した地域医療を実現するためには、国にも制度改正に向けてがんばっていただきたいですし、我々も地方から声をあげ続けていきたいと考えています。
赴任を検討するドクターに向けて、3泊4日の「遠軽町体験」も実施
遠軽厚生病院や地域医療を支えるために、遠軽町として継続的に行っていることはありますか?
全国に向けて医師を公募するだけでなく、さまざまな面で遠軽厚生病院と連携し、必要な支援を行っています。たとえば、医療機器などを充実させるための財政的な支援にも力を入れており、医療現場の環境としては都市部の病院と比べても遜色がないものになっています。その点は、外からこられる医師の方たちにも「遠軽町で働く魅力のひとつ」として感じてもらえるのではないでしょうか。
もちろん、暮らす場所としても遠軽町は魅力的です。ここには官公庁もあるため、転勤族の方も数多く暮らしていますが、町に赴任したみなさんが「もっと小さな町だと思っていた」と驚くくらい、生活に必要なお店が全部揃っているのです。また、遠軽インターから高速道路を使えば、道内のどこへ行くにも便利。少し車を走らせるとオホーツクの流氷や犬ぞりも見られますし、オホーツクブルーと称される空も空気も本当にきれいです。さらにはアルペンスキーの国際大会が開催できる、スキー技術を極める道場として日本有数のスキー場もあるし、毛ガニやホタテといった魚介から野菜まで、食べ物は何でもおいしい。
そんな遠軽町に実際にきていただき、魅力を体験していただけるように、町では遠軽厚生病院への赴任を検討してくださるドクターに向けて、3泊4日の視察費用を負担する取り組みも行っています。
魅力あふれる遠軽の町で、地域を支える力になってほしい
最後に、遠軽町で働くことに興味を持っておられる、全国のドクターに向けてのメッセージをお願いいたします。
北海道の一次産業を支えることはもとより、地域創生という面からも、遠軽町では医療と教育にとても力を入れています。町内の遠軽高校では、吹奏楽部が全国吹奏楽コンクールに北海道代表として出場したほか、ラグビー部も4年連続で全国高等学校ラグビーフットボール大会に出場、野球部も2013年には春の甲子園大会に出場するなど、文化・スポーツの面でも活発に活動を行っています。
そんなふうに教育環境が充実していることに加えて、田舎暮らしと都会暮らしのいいところ取りのような生活ができるのも遠軽町のよさ。子育てをするには、とてもよい環境だと思います。
遠軽町だけでなく、紋別からオホーツク沿岸部までの広いエリアで働き、そして暮らす人たちの健康を医師として支えていく——。そのことが結果的に、地域や北海道、さらには日本の一次産業を支えることになるのだという誇りを、私たちと共有してくださる先生にきていただけたら、とてもうれしく思います。まずは、さきほどお話した「遠軽町体験」の制度を利用して、一度遠軽町に足を運んでみてください。
取材・文/西田 嘉孝
写真/江島 暢祐