今回、産婦人科と整形外科、透析医を募集する遠軽厚生病院。病院のトップに立つ稲葉聡院長は、1997年から遠軽厚生病院で勤務し、20年以上にわたって遠紋地域の医療を支えてきた。そんな稲葉院長に、現場からみた地域医療の課題、遠軽厚生病院の職場環境、必要とされる医師像などについて聞いた。
1市6町1村、約7万人が暮らす遠紋地域の医療を支え続ける
遠軽厚生病院が直面している地域医療の課題や、課題克服のために行っている取り組みについてお聞かせください。
地方ではかなりのスピードで高齢化が進んでいますが、その中でも遠紋地域は、全国平均をはるかに上回る高齢化率となっています。現在、遠軽厚生病院がカバーしている遠紋医療圏は、1市6町1村に約7万人が住む広範なエリア。そうした地域で暮らすご高齢の患者さんに対して、「いかにスムーズで、適切な医療を提供していくか?」は、私たちにとっての大きな課題です。当然医師のリソースが必要ですし、遠隔医療に関する新しい技術や方法を検討していく必要もあります。
へき地にある病院にとって医師不足は深刻ですが、幸いなことに当院には30名以上の常勤医が在籍しており、この規模の病院としては恵まれているほうです。とはいえ、産科婦人科や整形外科では医師の複数名体制の維持が困難になっていますし、透析や脳外科を専門とする先生も不在。足りないリソースについては、各診療科の先生に垣根を超えた連携をお願いし、各科が一体となることで、一人ひとりの患者さんを全身的に診ていく体制を整えています。
産婦人科と整形外科は、医師の複数名体制維持が困難な状況
遠軽厚生病院ではいま、産婦人科と整形外科、透析を専門とするドクターを求めておられます。今回、公募に至った経緯について教えていただけますか?
社会が高齢化するにつれて心臓疾患や脳疾患の割合が増えていますが、心臓疾患についてはカテーテル治療を数多く行うなど、高いレベルの治療ができています。また、脳疾患については、専門医がいる北見赤十字病院や地域の救急隊と連携しながら、急を要する患者さんの対応にも懸命に取り組んでいる状況です。
外科に関しても、最先端の腹腔鏡手術などが実施できる体制が整っていますし、消化器系や循環器系、内科や小児科でも、専門分野別に医師が揃い、各科で標準以上の医療が提供できていると思います。
一方で、産科は全国的な医師不足のあおりをうけて、2015年に一度「常勤の先生がゼロになる」という経験をしています。当院は、地域の周産期母子センター病院として、地域の人々が安心してお子さんを生めるよう尽力してきた歴史があるので、とても大きな出来事でした。そのため、遠軽町や近隣各町の協力を得ながら、全国の医師に向けた公募活動をスタート。おかげさまで2016年からは産科を再開することができました。
現在は、兵庫から遠軽町にこられた鈴木先生と、もう1名の先生が産婦人科を診てくださっているのですが……。今年、事情があって1名の先生が病院をお辞めになることになりました。せっかく、素晴らしい先生たちにご活躍いただいていたのに、一人になってしまうと提供できる医療が限られてしまううえに、医師のQOL(生活の質)の維持も困難になります。加えて整形外科も、現在は一人の先生ががんばってくれているのですが、その体制だと外来と手術を同時に行うことは不可能。骨折などの大きな手術は、救急車でも約1時間を要する北見赤十字病院でお願いするしかなく、患者さんには大変な負担をかけています。
そうした状況を改善するためにも、産婦人科と整形外科は、なんとか複数名体制をつくりたい。また、透析についても専門医が不足しており、現在は循環器内科と外科、総合診療科の3科が協力して診ている状況です。そこにもぜひ専門の先生に入っていただきたいですね。
地域や患者さんに寄り添うことが、医師としての総合的な成長につながる
稲葉院長は1997年から遠軽厚生病院にお勤めです。この地域で医療に関わることに、どのようなやりがいを感じておられますか?
遠軽厚生病院は、遠紋地域で唯一の中核病院であり、当院が機能しなくなると、この広大な地域で暮らす人々の生活が立ち行かなくなってしまいます。それを考えると、“住民の支え”ともいうべきこの病院で力を発揮できることには、大きなやりがいを感じています。
これは個人的な話になってしまうのですが、当院ではどうしても必要な患者さんに限って訪問診療を行っており、そのなかに私が10年以上診させていただいているALS(筋萎縮性側索硬化症)の患者さんがおられます。昨年は、コロナ禍でみんなが大変な思いをしましたが、その方はそうした状況のなかで、ほとんど動かない足の指を使い、何時間もかけて私や看護師さん、病院に対してメッセージを打ってくださった。コロナが落ち着いて訪問診療が再開できた際にメッセージを見せてもらったのですが、私はそれだけで「今後も医師として精一杯がんばろう」と思えたし、嬉しくて涙が出ました。同時に、「患者さんたちにこの地域で安心して暮らしてもらうためにも、当院のような中核病院をよりよい形で維持していく必要がある」という思いも強くしました。
実は、「厚生病院で骨折などの手術ができるようにして欲しい」というお声をいただくことも多いので、町などと協力しながら、そうした地域のニーズを満たせる体制も整えていかないといけません。そして周産期医療についても、当院で安定した医療を行うことが、遠紋地域の未来にもつながります。そうした課題への対応は、やりがいというより院長としての私の使命ですね。
ALSの患者さんが、何時間もかけて書いてくれたメッセージ
遠軽厚生病院の職場環境についても教えてください。
「北海道の遠軽町」と聞くと、みなさんかなりのへき地をイメージされるかもしれませんね。でも、生活をするには便利な町ですし、病院の設備や提供する医療のレベルも都会にある大きな病院と変わりません。きていただいた先生には、医師としてスキルを落とすことなく……。いや、レベルアップしながら働いていただける環境があると自負しています。
これはレベルアップという話にも関係するのですが、当院では脳外科疾患の急患が運ばれてきた際、患者さんを北見赤十字病院に送るまでの処置や検査をすべての医師が行います。つまりここで働いていると、簡単なかぜから脳卒中まで、専門科を問わずに診ることになるので、医師としての総合力が自ずと養われます。それをプラスとみるか、マイナスとみるかは個人差があるでしょうが、プラスにとらえてくれる先生には、とてもいい職場だと思います。
また、高齢のご夫婦が二人で暮らす世帯が多いこの地域においては、病気を治すことだけが医師の仕事ではありません。たとえば、入院されている患者さんが「自宅に帰ってどのような生活をされるのか」といったことまでを想像しながら、退院後の生活や診療につなげていくのも私たちの役目。そういう意味では、患者さんの暮らしに寄り添った医療を提供することに、喜びを感じてくださる先生にきていただけると、非常にありがたいですね。
医師のQOLを重視した、働きやすい環境と暮らしやすい町
最後に、遠軽厚生病院で働くことに興味を持たれたドクターに向けて、稲葉院長からメッセージをお願いします。
遠軽町は田舎ではあるものの、銀行や郵便局やスーパーマーケットなど、必要なものがコンパクトにまとまっていてとても暮らしやすい町です。周辺にはスキー場やゴルフ場もありますし、少し車を走らせれば海を見ることもできる。おまけに食べ物もなんでもおいしいので、個人的には都会よりもずっと暮らしやすいと感じています。子育てをするにもよい環境で、実際に私の子どもたちも遠軽町の幼稚園や小学校に通い、地域の方々に温かく見守られながら大きくなりました。
遠軽町のような場所での医療と聞くと、人手不足で常に休みなく働かなければいけないというイメージもあるかもしれません。しかし当院には、まだ足りないとはいえ30名以上の医師がおりますので、毎週の休日はもちろん、夏季休暇なども10日程度は取っていただけています。さらに、オンコールが一人の医師に集中しないように、科の垣根を超えてカバーし合うなど、医師のQOLを重視した体制づくりにも力を入れています。
付け加えるなら、学会出張や研修、専門医資格の取得などについて、費用面を含めて積極的なバックアップを行うのも当院の方針です。働く環境も暮らす環境も、きっとみなさんが想像されている以上のものがあると思いますので、ご興味がある方は「遠軽町体験」の制度を利用して、気軽に視察にいらしてください。
取材・文/西田 嘉孝
写真/江島 暢祐