在宅医療はなぜ浸透しないのか~町医者が考える問題点|スペシャルコラム

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在宅医療はなぜ浸透しないのか~町医者が考える問題点

「2040年問題」を前に在宅医療の定着が急務となっていますが、いまだに認知度・浸透度ともに充分とはいえない状況が続いています。診療報酬加算をはじめ、各医学会や厚労省主導のもとさまざまな対策がとられていますが、それでも成果に結びつかないのはなぜなのでしょうか。「町医者」として慢性期医療に長年携わる長尾和宏先生が考えるその原因と対策を、Web医事新報より紹介します。

伸び悩む在宅医療

地域包括ケアの要は、なんと言っても在宅医療の推進であろう。しかし国が在宅医療に本腰を入れてはや四半世紀たつが、その割には在宅医療の認知度は高いとは言い難い。市民は相変わらず大病院信仰が根強い。日本医師会は「かかりつけ医」構想の浸透を図っているが、十分ではない。英国の家庭医(GP)制度において患者は主治医を選べないが、日本はフリーアクセス下のGP志向であるためか中途半端感が否めない。そこで質の高い総合診療医の養成が急務だと考える。故・日野原重明先生がプライマリ・ケアを説いて40年が経過した。そろそろ国をあげて本気で取り組まないと多死社会のピークである2040年問題は乗り切れない。いや、その前に保険制度自体が破綻するのではと憂いている。そんな想いで8月24日(土)に東京大学(本郷)で「総合診療を推進する会」を開催する。「総合診療の中の在宅医療」を強くアピールするつもりだ。「治す医療から治し支える医療へ」と謳われているが、臓器別縦割り医療への固執は医学会において根強い。総合診療や在宅医療を啓発する上で市民側だけでなく医療者にも多くの課題がある。

講演で全国各地を訪問するが、大半の地域において在宅医の高齢化の悲鳴が聞こえてくる。在宅医療の担い手の中心は60代、70代である。世間一般で言うならばリタイア組という世代が24時間365日という労働基準法とは無縁である在宅医療を担っている。都市部では若い世代の医師が何人か集まり交代制で24時間対応する在宅専門クリニックが増えているが、全国的にみれば一部である。多くの若い開業医には24時間365日対応が大きなネックになっている。では夜間対応は看護師がすればいいじゃないか、という声が聞こえてきそうだ。しかしそうはいかない場合が多い。医師が診察しないと薬の処方も看護師への指示もできないのが日本の法律である。

加算ではなく包括化・簡素化を

診療報酬改定の度に新しい加算が生まれる。各医学会が厚労省にお願いするという手法で保険点数が塗り重ねられてきた。日進月歩である先進医療の世界では「加算」という手法は有効かもしれない。しかし在宅医療という昔からある古典的な医療に沢山の加算が本当に必要なのだろうか。おおいに疑問である。しかもA加算とB加算とC加算のどれかひとつしか算定できないというオチがつくなど、よく分からない加算が多い。

在宅患者さんに説明不能な診療報酬点数の代表は集合住宅や施設への訪問診療点数である。たとえばAという在宅患者さんを診ているうちに、お隣の部屋のBさんも在宅医療を受けることになったとしよう。するとその月からAさんに対する診療報酬は4分の1になる。しかしBさんが退去すれば翌日から今度は4倍に増える。施設における診療規則も同様に、9人以下と10人以上では診療報酬に大きな差がある。決して医者が儲かるとか儲からないという主張ではない。患者さんに説明できない規則そのものを問題視している。いくら国の規則だと言っても納得されない患者さんがいて、その医者に不信感を抱く。まさに複雑怪奇な保険診療規則が医師と患者の信頼関係を歪める時がある。

それを是正する手は、思い切った包括化・簡素化しかないと思う。そもそも大病院はDPCで療養病床は医療区分と、ほぼ包括制になっている。在宅医療もそれに準拠し、包括制を目指すべきだ。診療報酬請求というビッグデータを解析すれば要介護度や病態別による区分造りは容易だろう。報酬改定のたびに複雑化の一途である診療規則も在宅医療の阻害因子だ。加算ではなく包括化を目指さないと、在宅医療の国民的理解は得られないのではないか。

急がれる質の評価

病院医療には「診療の質」に関する評価指標がある。しかし在宅医療の世界には統一された指標はまだない。現在、関連医学会が検討中であるが、在宅医療の見える化のためにも質の評価基準の作成が急務であろう。在宅療養支援診療所は毎年、厚労省に在宅患者数や看取り数や往診数などを報告しなければならない。その生データは、書籍などを通じて一般公開されている。その結果、看取り数=在宅医療の質のように認識されがちだが、そう単純化できない。また医師会が推進する「かかりつけ医が提供する在宅医療」に照らしても議論の余地がある。かかりつけの患者さんを最期まで支えることが目標なので、看取り数だけで評価する態度には異論が出る。また往診数は多すぎても少なすぎても不自然だ。病態により往診需要は異なるだろうが、適切な医療が提供されているならそう多くはない。往診率がある範囲内に収まっていること自体が質の担保かもしれない。

本来は患者さん側の満足度をもって質の評価指標とすべきだろう。国が本気で在宅推進を目指すのであれば、遺族にアンケート調査を実施し市民に公開するくらいの意気込みがあってもいい。「悪貨が良貨を駆逐する」という言葉が在宅医療の世界でよく聞かれる。施設や集合住宅の診療報酬がいきなり4分の1に減ることになった発端は、ごく一部の悪徳在宅医による施設へのキックバック問題があったからだ。不届きもののトバッチリを真面目にやっている診療所が被る格好になった。しかしそのような懲罰的な意図による改定は止めるべきだ。そしてまずは政府が患者さんに新規則を分かり易く広報することが何より大切だ。

在宅診療科の創設を!

在宅医療は外来診療と比較して高点数になることはやむを得ない。だから在宅医療の割合が高い医療機関ほど、当然平均点数は高くなる。そして平均点数が上位にある医療機関は自動的に集団的個別指導を受ける仕組みになっている。これを繰り返すと在宅専門クリニックには何年かに一度、個別指導という便りが届く。こうした在宅医療=悪=個別指導、という構図も在宅医療の阻害因子のひとつであろう。現在、たとえば内科系診療所のレセプト1件あたりの平均点数は在宅ありとなしに分けて公開されている。しかし在宅診療と外来診療の割合は医療機関によりまちまちである。また末期がん中心、神経難病中心、高齢者中心など、主に診療している病態の割合も医療機関によってまちまちである。

私は以前より在宅診療科の創設を繰り返し提唱してきた。透析科と同様に別枠で平均点数を論じるべきではないかと。在宅診療科だけのレセプトの平均点数を公表して比較すべきだ。在宅療養支援診療所、機能強化型、届け出をしていない診療所の3類型で比較するのが公平である。患者負担を軽減するため敢えて届け出をしていない医療機関も相当ある。もしも個別指導を行うならば在宅診療の質と診療所類型別の平均点数などを根拠にすべきだ。在宅は高点数だから悪、という構図から脱却しなければ在宅医療はメジャーになれない。

以上の改革を医学会や厚労省が主導することは困難に思える。なぜなら在宅医療を振り返れば改定のたびに加算が増え逆方向に進んできた歴史があるからだ。結局のところ政治主導でしか包括化・簡素化や在宅診療科は実現しえないと感じている。厚生労働委員会など政治の場でこのような根源的議論をしてほしい。それは取りも直さずこの国の迷える高齢者を救うことになる。

出典:Web医事新報 連載「町医者で行こう!!」第100回:保険診療規則を変えれば在宅医療は増える
※本記事は株式会社日本医事新報社の提供により掲載しています。

PROFILE

長尾和宏(ながお かずひろ)
1984年東京医大卒。95年、尼崎市に複数医師による年中無休の外来・在宅ミックス型診療所「長尾クリニック」を開業。近著に『平成臨終図鑑』(ブックマン社)など

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