「医師の応召義務」は、法律によって定められている医師が負わなければならない義務のことです。応召義務にのっとって、医師は患者さんが求める場合に適切な診療を行わなければなりませんが、正当な理由があると見なされれば、その義務を負う必要がなくなります。では、具体的にはどのような理由が「正当な理由」と見なされるのでしょうか。
本記事では医師が知っておくべき応召義務の概要や、応召義務を負う必要がないとされる「正当な理由」、発熱外来における応召義務の扱い、医師の応召義務に関するよくある疑問を解説します。
「正当な理由」があれば義務を負う必要がないとされていますが、時代の変化によって正当な理由に対する認識にも変化が見られます。応召義務に違反した場合の事例も解説するので、この機会に再確認しておきましょう。
- 医師法19条で定められている「医師の応召義務」は、患者さんが診療や治療を求めた場合、正当な理由なしに拒否することができないというもの
- 応召義務を負う必要がない「正当な理由」には、診療時間外の診察や専門外の疾患の診察、患者さんからの迷惑行為、医療費の不払いなどが該当する
- 応召義務を違反しても刑事罰は規定されていないが、医師免許に対する行政処分が下される可能性がある他、患者さんから民事訴訟を起こされる可能性もある
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1. 医師の応召義務とは?
医師の応召義務とは、1948年7月30日に交付された医師法19条(歯科医医師法19条)で定められている医師の義務です。診療義務と呼ばれることもあります。
医師法19条では「診療に従事する医師は、診察治療の求めがあつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない」と定められています。簡単にいえば、患者さんが診療や治療を求める場合、医師は正当な理由なしに断ることができないということです。
この法律があることで、「医師は絶対に診療や治療を拒めない」と認識している方もいるかもしれません。ただし法律にも記されているように、「正当な事由」がある場合は、診療を拒んだとしても違法には当たりません。
※参考:厚生労働省「医師法」
2. 医師が応召義務を負う必要がない「正当な理由」とは?
前述した通り、医師の応召義務にのっとれば、正当な事由があれば診療や治療を拒否しても違法には当たりません。
しかし何が正当な事由に当たるのかの判断が難しいのも事実です。医師法が公布された1948年からはかなりの時間がたっており、医師の働く環境は大きく変化しています。2024年4月からは医師の働き方改革がスタートしましたが、それ以前から医師のオーバーワークも見過ごせない問題となっていました。
それを踏まえて厚生労働省は、2019年12月25日に各都道府県知事に対して「応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について」という通達を出しています。この通達でも正当な理由がなければ診療や治療を拒否できないという点では応召義務に変わりはありませんが、正当な理由について詳しく明示されています。
どのような場合、医師が応召義務がない「正当な理由」と認められるのか、詳しく見ていきましょう。
※参考:厚生労働省「医師の働き方改革」
※参考:厚生労働省「応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について」
2-1. 診療時間外の場合
医師の応召義務を負う必要がない正当な理由のひとつは、診療時間外の場合です。
診療時間外の場合、診察や治療を拒んだとしても原則として公法上・私法上の責任を問われることはありません。
ただし患者さんの病状が深刻な場合は応急処置などを行うことが望ましいとされ、対応が難しい場合は緊急対応が可能な医療機関を紹介するなど、必要な対処を行うことが望ましいとされています。また患者さんの病状に緊急性が見られない場合も、時間内に再度受診するように依頼するか、緊急対応が可能な医療機関を紹介するのが望ましいとされています。
2-2. 専門外の疾患である場合
専門外の疾患である場合も、医師の応召義務を負う必要がない正当な理由です。
原則として診療時間内であれば医師は応召義務を負わなければなりませんが、患者さんの疾患が専門外で診察能力が十分になく、その状況で適切な医療を提供できない場合は、正当な理由として認められます。専門の疾患だったとしても、医療機関に必要な治療を行える設備や器具がそろっておらず、適切な検査や処置ができない場合も正当な理由に該当するでしょう。
ただし他の医療機関で医療が提供できるかどうかの可能性は、しっかりと検討しなければなりません。
2-3. 患者さんから迷惑行為を受けた場合
患者さんから迷惑行為を受けた場合も、医師の応召義務を負う必要がない正当な理由として認められます。
厚生労働省の「応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について」では、診療や療養で迷惑行為があったケースやこれまでに迷惑行為があったケースで、患者さんとの信頼関係が喪失している場合、新しく診療や治療を行わなくても正当化されると示しています。
近年理不尽な要求やクレームを繰り返したり、脅迫・暴言・暴力・セクハラなどを行ったりするモンスターペイシェントが問題になっています。モンスターペイシェントに対応することで本来行うべき業務に支障が出てしまうだけでなく、対応する医療従事者が精神的に追い込まれてしまうケースも少なくありません。
もちろん正当な要求やクレームであれば適切に対応し、応召義務を負わなければなりませんが、診療とは関係のない要求やクレームを繰り返すなどの行為により信頼関係が築けていない場合、診察や診療を拒否したとしても法律違反にはならないとされています。
2-4. 医療費が払われない場合
医療費が払われない場合も、医師の応召義務を負う必要がない正当な理由に該当します。
ただしこの場合、どのような患者さんでも医療費を払っていないことを理由に、診療や治療を拒否できるわけではありません。医療費が払われない場合で、応召義務を負う必要がない正当な理由は、支払い能力があるにもかかわらず悪意を持って支払いを行わない場合です。また特別な理由がないにもかかわらず未払いを繰り返している場合も、悪意があると見なされるケースもあります。
しかし医療保険に加入していないなど、支払い能力が確定できない状況での診療や治療の拒否は正当化されません。また過去に不払いがあるというだけの理由で診療や治療を拒否することも、正当化されないので注意が必要です。
ただし病気の治療や予防のためではない美容整形などの自由診療においては、支払い能力がない患者さんの診療や治療を断ったとしても正当化されます。
3. 発熱外来では応召義務は発生する?
2020年に新型コロナウイルスの感染が拡大したことにより、発熱外来における応召義務について注目が集まりました。
厚生労働省は2020年3月11日に「新型コロナウイルス感染症が疑われる者の診療に関する留意点について」で、患者さんに発熱や上気道症状があるといった理由だけで診察を拒否することは、医師法19条で定められる正当な理由には該当しないと通達しています。何らかの正当な理由があって診療が難しい場合でも、帰国者外来や接触者外来が可能な他の医療機関への受診をすすめなければなりません。
2019年12月25日に通達された「応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について」でも、感染症などに罹患していることを理由に診療を行わないことは正当化されないと示されています。ただし1類・2類の感染症など、特定の医療機関で対応するべき感染症などにかかっている患者さんやその疑いがある患者さんの場合は、診療を拒否しても応召義務違反には該当せず、診察が可能な特定の医療機関を紹介しても問題ないとされています。そのため、新型コロナウイルス感染症が2類感染症相当とされていた時期は、特定の医療機関以外で診療や治療を拒否したとしても、応召義務違反に該当しないとされていました。
しかし2023年5月8日から新型コロナウイルスは5類感染症に移行しているので、2024年7月現在、発熱外来で新型コロナウイルスに感染した患者さんや感染の疑いがある患者さんの診察や治療を拒否するのは、応召義務違反に当たります。
今後新たな感染症が出てくる可能性もありますが、どのように対応しなければ応召義務違反に該当するかは感染症の種類や状況によっても変わってくるため、その都度国からの通達などを確認する必要があるでしょう。
※参考:国立感染症研究所「東京都での新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行(2020年1~5月)」
※参考:厚生労働省「新型コロナウイルス感染症が疑われる者の診療に関する留意点について」
※参考:厚生労働省「応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について」
※参考:厚生労働省「新型コロナウイルス感染症の5類感染症移行後の対応について」
4. 医師の応召義務に関するよくある疑問
ここからは、医師の応召義務に関するよくある疑問をご紹介します。
4-1. 医師の応召義務に違反するとどうなる?
医師の応召義務は医師法によって定められた義務ですが、刑事罰に関しては規定がありません。戦前の関連法令には応召義務違反による刑事罰が定められていましたが、1948年に医師法が制定された際、罰則に関しては削除されています。
応召義務に違反した場合医師免許に対して取り消しや業務停止などといった行政処分が下される可能性はありますが、2018年時点では応召義務違反によって行政処分が下された事例はありません。
しかし応召義務に違反すると、患者さんから民事訴訟を起こされる可能性はあります。実際に応召義務に関する民事訴訟では、応召義務が認められて損害賠償命令が下りたケースもあれば、認められなかったケースもあります。以下で事例を紹介します。
※参考:厚生労働省「医師法」
※参考:厚生労働省「医師の応召義務について」
4-1-1.応召義務に関わる裁判の事例
応召義務に関わる裁判の事例として「神戸地裁平成4年6月30日判決」をご紹介します。
神戸市で交通事故に遭い、両側肺挫傷・右気管支断裂の傷害を受けた患者さん(20歳)を消防署が神戸市内の医療機関に搬送依頼したところ、「脳外科医・整形外科医が不在で対応できない」との返答がありました。患者さんは隣接する西宮市にある医療機関に収容されましたが、事故で受けた傷害により呼吸不全で死亡しました。
患者さんの相続人など5名は、受け入れを行わなかった神戸市の医療機関に対して200万円の損害賠償請求を起こしています。裁判の結果、受け入れを拒否する正当な理由が認められないとされ、医療機関に150万円の損害賠償命令が下りました。
応召義務に関する裁判では、診療や診察を拒否する正当な理由があるかどうかが争点として重視されます。このケースでは脳外科医・整形外科医は不在であったものの、外科医は院内にいたため、診療の拒否は正当化されないと判断されました。病院側は外科医が診療中であったと主張しましたが、その具体的な診療内容を裏付ける証拠はありませんでした。
この事例の判決では、医師が診療を拒否したとしても必ずしも民事責任に結びつくとは限らないものの、医師が診療を拒否したことで患者さんに損害があった場合は、医師に過失があると推定され、診療を拒否する正当な理由に当たる具体的な事実を立証しない限り、賠償責任を負うべきとされています。
さまざまなケースがあるので、応召義務違反が起こらないように対応をマニュアル化させることはできません。しかし応召義務違反として訴訟を起こされた場合に損害賠償命令を下されないためには、正当な理由に該当するかを適切に判断し、その具体的な事実を記録として残しておくことが重要です。
※参考:厚生労働省「医師の応召義務について」
4-2. 診察時間を過ぎた直後に来院した患者さんの診察は断れる?
診療時間を少しでも過ぎていれば、直後であっても診療時間外と見なされるため、緊急ではない患者さんの診察を断ったとしても正当化されます。ただし患者さんの病状に緊急性があると判断される場合は、断ってしまうと応召義務違反に該当するかもしれません。
また診療時間終了間際に患者さんが来院した場合や、診療時間内ではあるものの受付時間は過ぎてしまっている場合も、緊急性がない場合は応召義務は発生しませんが、緊急性がある場合は応召義務が発生する可能性があります。
診療時間を過ぎた直後や間際、受付時間終了後であっても、診療や診察をしてはいけないというわけではないので、状況に応じて判断することが大切です。
4-3. 保険証を忘れた患者の診察は断れる?
保険証を忘れた患者さんの診察を断った場合、応召義務違反と見なされるかもしれません。ただし何度も保険証を忘れるなど、患者さん側に悪意があると見なされた場合、患者さんとの信頼関係が喪失していると考えられるため、応召義務が発生しない可能性もあります。
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