医師のキャリアにおいて、「このまま病院で働き続けるか、思い切って開業するか」という選択肢にぶつかることがあります。この2つの働き方にはさまざまな面で違いがありますが、収入面もそのひとつでしょう。今回は、厚生労働省の統計調査を引きながら、勤務医と開業医の収入面の実態に迫ります。
- 開業医の平均年収は勤務医の約2倍
- 勤務医は安定雇用と収入の安定が魅力だが、多忙な場合もある
- 開業医は経営責任があるが、理想の医療を追求できる
目次
勤務医と開業医の年収比較

まずは厚生労働省「第24回医療経済実態調査」(2023年)の結果に基づき、病院勤務医と開業医(診療所院長)の収入(2022年)を比べてみましょう。
勤務医と開業医の平均年収
病院勤務平均年収 | 1,461万739円 |
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開業医平均年収 | 2,636万6,819円 |
※参照:厚生労働省「第24回医療経済実態調査」(2023年)
病院勤務医の平均年収(国公立・医療法人等、すべての経営母体を含めた全体の数値)は、1,461万739円(平均給料年額1,306万7,985円+賞与154万2,754円)となっています。一方、開業医の平均年収(個人・医療法人等を含めた全体の数値)は2,636万6,819円(平均給料年額2,615万1,182円+賞与21万5,637円)でした。
開業医の平均年収は病院勤務医に比べて約2倍にもなっています。ちなみに、病院長の平均年収は2,476万9,432円だったので、開業することで勤務医時代ははるか上の存在だった病院長の年収を抜き去ってしまう……ということも大いに考えられるわけです。
ただし、これらはあくまで収入を単純比較した場合の話です。開業医の収入は給料ではなく「収支差額」であり、勤務医の収入とは構造が大きく異なることに注意が必要です。つまり、開業医は勤務医ならば不要である支出が大きく、しかも勤務医の立場からはその部分が見えにくいということです。何より、開業したからといって、決して一定の収入が約束されるわけではありません。
なお、開業医ならではの支出としては、「診療所を建築するために借り入れた借金(元本)の返済」「診療所の老朽化に備えた建て替えや修繕のための準備金」「病気やけがにより休業した場合の所得補償のための費用」「老後のための退職金相当の積立て」などが考えられます。
このことからして、開業しても収入面でバラ色の未来が待っているとは言い切れないことがわかります。一方で、自らの能力や努力により収入が青天井になることも確かです。収入面の実態も踏まえたうえで、勤務医を続けるべきか、開業に踏み切るべきか、思案のしどころだといえるでしょう。
勤務医の年収[経営母体別]

次に、病院勤務医の平均年収が勤務先の経営母体に応じてどう違ってくるのか、厚生労働省「第24回医療経済実態調査」(2023年)の結果を見ていきましょう。
順位 | 経営母体 | 勤務医の平均年収 |
---|---|---|
1 | 医療法人(医療法人である民間病院など) | 1,449万2,557円 |
2 | 法人その他全体(私立大学付属病院、社会福祉法人など) | 1,306万6,325円 |
3 | 公立(都道府県立病院、市町村立病院など) | 1,248万8,631円 |
4 | 公的(日赤、済生会、厚生連、国民健康保険団体連合会など) | 1,241万1,192円 |
5 | 国立(独立行政法人国立病院機構、国立大学法人など) | 1,148万2,676円 |
※参照:厚生労働省「第24回医療経済実態調査」(2023年)
勤務医の収入という側面では、「医療法人」である病院が第2位以下を大きく引き離してトップに立ちました。第5位の「国立」病院とは約300万円も差が開いています。
この結果から、国立をはじめとする公的な性格を帯びた医療機関では、国や地方自治体などの財政難から人件費を抑えざるを得ないことが多く、民間病院とは同じ舞台で競争できないという事情がうかがえます。したがって、勤務医として高い年収を望むなら、まずは民間病院を考えるのが賢い選択といえるでしょう。
一方で、公的な医療機関の勤務医は、公務員としての身分保障や手厚い年金、高い社会的信用などを得られることが多いでしょう。また、国家や地域の公共の福祉に貢献しているという充実感は、お金には換算できないものかもしれません。
文:ナレッジリング
開業医の年収[診療科別]
前章では、勤務医の年収を運営母体別に詳しく解説しました。
この章では、開業医の年収について診療科別に詳しく解説します。
下記の表は、令和5年(2023年)に実施された、厚生労働省「第24回医療経済実態調査」による、各診療科の年収を比較したものです。
一般診療所(個人・入院診療収益なし・損益差額・単位:千円)の数値をもとにしています。
診療科 | 年収 |
---|---|
内科 | 29,421千円 |
小児科 | 41,859千円 |
精神科 | 21,791千円 |
外科 | 31,745千円 |
整形外科 | 27,902千円 |
眼科 | 33,930千円 |
産婦人科 | 48,928千円 |
耳鼻咽喉科 | 29,682千円 |
皮膚科 | 27,923千円 |
※参照:厚生労働省「第24回医療経済実態調査」(2023年)
ひとことで開業医と言っても、診療科によって大幅な差があることが、この表からも見てとれます。
勤務医と開業医の違い
この章では、開業医と勤務医の違いを、勤務形態や業務内容、労働時間などから詳しく解説します。
勤務医とは
勤務医とは、病院やクリニック、診療所などの医療機関に雇用されて働く医師のことです。
勤務内容には、外来や病棟での診療や、手術、検査、救急および当直対応などがあり、勤務先の診療方針に従って働くことが一般的です。
開業医とは
開業医とは、自ら病院やクリニック、診療所などを開業している医師を指します。
診療科目や開業エリアを自ら選択して開業する新規開業と、他者から引き継いで経営する継承開業の2パターンがあります。
勤務医との大きな違いは、「経営面を担う点」と「診療方針を自分自身で決める点」です。
勤務医と開業医の労働時間の違いとは
勤務医と開業医の労働時間に関する大きな違いは、以下の2つです。
- 開業医は、労働時間を自らの裁量で決められる
- 勤務医は、雇用契約により労働時間が定められている
両者の違いは、2024年4月からスタートした医師の時間外・休日労働上限規制にも表れています。これは医師の働き方改革とも呼ばれ、基本的には勤務医にのみ適用されます。
開業医は事業主の立場であり、自らの労働時間を自由に設定できるため、規制の対象外です。
ここで、勤務医と開業医の労働時間の傾向を示すデータを2つ紹介します。
厚生労働省の「令和5年医師の勤務実態調査」によると、常勤勤務医の週労働時間で最も多かったのは週40時間以上週50時間未満で、全体の32.7%を占めました。
過労死ラインに相当する週60時間以上働いた勤務医は、21.2%でした。
神奈川県保険医協会が2018年4月に実施した調査によると、開業医の週労働時間で最も多かったのは「40時間超50時間まで」で、全体の25.2%を占めました。
過労死ラインに相当する週60時間以上働いた開業医も、25%にのぼりました。
調査内容が異なるため厳密ではありませんが、勤務医と開業医共に、過労死ラインに相当する長時間労働の医師が一定数いることがわかります。
勤務医と開業医の人数

厚生労働省の「2022年医師・歯科医師・薬剤師調査」によると、全国の医師34万3,275人のうち、医療施設従事者は病院・診療所を合わせて32万7,444人でした。医師のうち95.4%が、医療施設に従事していることになります。
勤務医と開業医の人数を詳しくみると、病院(医育機関附属の病院を除く)の勤務医は15万5,175人、病院(医育機関附属の病院を除く)の開設者または法人の代表者(=開業医)は5,251人でした。
診療所の勤務医は、勤務医が3万6,998人、診療所の開設者または法人の代表(=開業医)は7万360人となっています。
近年では、病院や診療所の代表者たる立場の医師が雇われの勤務医というケースもあります。
そのため、上記の調査結果から勤務医と開業医の人数を単純比較することはできませんが、全医師のうち勤務医が半数以上を占めているという状況です。
開業医は全医師の2割程度であり、その大部分は診療所開業医であることが分かります。
なお、開業医の数は前回の同調査(2020年)より病院・診療所共に減少傾向です。
これは、医師の高齢化による引退、後継者不足などが主な原因であり、特に地方で目立っています。
この傾向は今度も続く可能性があり、地域によっては医師不足が更に深刻化すると思われます。
また、開設・運営コストが高い都市部では、ローンの返済が滞るなど経済的な問題で閉院を余儀なくされる医療機関もあるようです。
勤務医と開業医のメリット比較

勤務医と開業医、どちらを選択するかは医師の人生にとって大きな問題です。後悔しないためにも、メリットとデメリットをよく吟味し、自身の特性や希望に合った道を選んでください。まずは、勤務医と開業医それぞれのメリットを紹介します。
勤務医のメリット
勤務医として働く場合の最も大きなメリットは、雇用や収入の「安定」だといえるでしょう。もちろん、手術実績などに応じて年俸が変動する雇用契約の場合や、勤務先の収益がボーナスなどに反映される場合がありますが、医師は多くの職種の中で相当に恵まれた給与を得ることができるため、生活に困るような事態に陥ることはまずありません。
また、医療訴訟の多い昨今ですが、勤務医は業務上でトラブルを起こしたとしても、そのすべての法的責任を自身のみが負うリスクはほとんどありません。近年ではリスクマネジメントの専門部署を設置する医療機関も多いため、個々の医師がトラブルの矢面に立たされる機会は少なくなっています。組織の一員として働いている以上、そのトラブルの対処も組織として行うということは、勤務医ならではのメリットのひとつだと考えてよいでしょう。
開業医のメリット
開業医の一番のメリットは、自身の理想に沿った医療を実現できることではないでしょうか。医師として長年働いていると、医療に対して様々な理想やこだわりが生まれてくるもの。勤務医ではかなえにくい夢を追求して「自分の城」を立ち上げることが、まさに開業の醍醐味だといえるでしょう。
また、開業医は勤務医よりも平均年収が高く、患者さんが集まれば集まるほど収益がアップし、自身の収入につながります。勤務医は安定的な収入があるとはいえ、特殊な年俸制の契約でもないかぎり、どれだけ行った診療の数が増えても収入は比例しません。開業医は自身の頑張りが収入に直結するだけに、努力による成果を実感しやすい環境にあるといえるでしょう。
また、無床診療所では当直やオンコールなどの業務が発生しないため、比較的時間にゆとりを持てるのも開業医のメリットのひとつです。土日や祝日を休診にすれば、勤務医時代にはできなかった小旅行に出かけたり、趣味に没頭したりする時間も確保できます。
勤務医と開業医のデメリット比較

次に、勤務医と開業医のデメリットを比較していきます。メリットだけに注目するのではなく、デメリットにも正面から向き合って考える必要があります。
勤務医のデメリット
勤務医のデメリットは、診療に力を尽くしても基本的に収入が一定であることが挙げられます。開業医に比べて安定感はあるものの、いくら頑張っても給料は変わらないとなれば、モチベーションを収入以外の部分に求める必要がありそうです。
また、一般的な病院に勤務する医師は、当直などの業務もこなす必要があるため非常に多忙です。そのうえ、大学の医局に所属しているケースでは通常業務のほかに論文執筆などもこなさなければならず、休みがほとんど取れないという医師もいるのが現状です。
開業医のデメリット
開業医の大変なところは、診療だけでなく経営にも携わる必要があることです。開業医は医師であると同時に経営者でもありますから、看護師や受付スタッフの給与を捻出するためにも安定的な経営をする責任があります。ローンを組んで医療機関を開設するケースでは、人件費などのほかに借入金の返済の重圧が重くのしかかってきます。もちろん、患者さんを多く集めることができれば問題ないですが、医療機関の多い激戦区では期待通りの患者数が集まらず、非常に厳しい経営状態となるリスクも想定しなければなりません。また、適正な人員配置や患者さんの苦情対応など、勤務医時代には無縁だった新たな業務にも率先して取り組まなければならず、頭を悩ませることも多くなりそうです。
皆さんが開業すべきかどうか迷っているなら、医師として何を成し遂げたいのか、自身が医療機関の経営に向いているのかどうか、よく考えましょう。さらに、近年は開業をめざす医師を「見習い」として雇う開業医も多いので、そのような医療機関で「修行」して医療経営の現場で学びながら、開業医の現実を確認することをおすすめします。医師本人の人生だけでなく家族の人生にも大きな影響を与える開業に踏み出すのかどうか、よく考え、よく相談したうえで決断しましょう。
開業医と勤務医の違いを理解して今後のキャリアを決めていこう
勤務医として働いている方の中には、今後のキャリアに迷いがある方もいらっしゃるでしょう。開業するか、勤務医として働き続けるか、個人の価値観や家族の背景などにより選択肢は異なります。
マイナビDOCTORでは、今後のキャリアに関する相談および長期的なサポートにも対応します。今後のキャリアについてお悩みの方は、お気軽にご相談ください。