少子高齢化が進む日本では、医療費の増大や深刻な医療従事者不足が大きな課題となっています。加えて、働き方改革が進み、さらなる業務効率化や生産性の向上が求められるようになりました。こうした課題の解消に向けて、医療分野のIT化に期待がよせられていますが、実際にはどのような状況になっているのでしょうか。今回は、医療分野のIT化の現状とメリットやデメリット、最新IT事情について解説します。
こんな方におすすめの記事です!
- 医療現場におけるIT化の具体例や背景を整理したい
- IT導入による医師のメリットを知りたい
- 医療分野における最新のIT動向や今後の課題を確認したい
目次
医療分野におけるIT化の現状

IT(Information Technology/情報技術)とは、「コンピュータやネットワーク、ソフトウェア、アプリケーションなどの情報技術自体」を指し、こうした技術を用いて、業務や生活を効率化・高度化することをIT化といいます。
さまざまな分野でIT化が進んでいますが、医療分野ではどの程度進んでいるのでしょうか。まずは現状を見てみましょう。
代表例である「電子カルテ」の普及状況
医療分野におけるIT化の身近な例として、「電子カルテ」の導入が挙げられます。従来、紙媒体で情報管理されていたカルテは、保管におけるスペース確保の問題や、共有に手間がかかるといった課題がありました。しかし、電子カルテの導入で、保管スペースが不要となり、即時の情報共有が可能となりました。多くの利点がありますが、令和5年時点で電子カルテを導入している医療施設は全体の約6割にとどまっています。

厚生労働省の資料によると、令和5年時点での電子カルテシステムの普及率は、一般診療所において55.0 %、一般病院では65.6 %でした。
病床数400床以上の病院では、普及率が93.7 %であるのに対し、病床数200未満の施設では59.0 %、一般診療所では55.0%と大きな差があります。
システムの導入にはコストがかかることもあり、規模が小さい施設では導入が進みにくいと考えられます。課題解決のためにIT化が求められる日本の医療分野ですが、実際のところ、施設によって大きな差が見られるのが現状です。また、システム管理には専門スタッフが必要ですが、ITを担当する人材の不足なども影響しているようです。
理解しておきたいIT化の種類と位置づけ
医療現場では、IT化に加えてDX、ICT、IoTといった用語を耳にする機会が増えていますが、それぞれの違いが分かりづらいと感じる方も多いかもしれません。システム導入の前に、それぞれの意味や役割を理解しておきましょう。
▼DX(Digital Transformation/デジタル・トランスフォーメーション)
DXは、「情報技術を用いて業務のあり方自体を変革させること」を意味します。具体的には、紙カルテから電子カルテへの移行や、音声認識で診察内容を自動で記録するシステムなど、業務そのものを大きく変革するような仕組みです。DXは、仕事のやり方や進め方などを根本から変化するような取り組みといえます。
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▼ICT(Information Communication Technology/情報通信技術)
ICTとは、「インターネットなどを介して、情報交換をする技術の総称」です。例えば、患者さんの情報を院内外で共有したり、電子タグを使用して患者さんの位置情報を確認したりするような仕組みが挙げられます。国際的にはITとICTは同じという考え方も見られますが、日本におけるICTはコミュニケーションを前提とする技術であるのが特徴です。
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▼IoT(Internet of Things)
IoTとは、医療機器などをインターネットにつないで通信できるようになる技術です。例えば、心電図モニターの測定データを自動的にサーバーに送信したり、心拍モニターやインスリンポンプの状況を管理したりする仕組みが挙げられます。
近年では、IoTを特に医療分野で発展させた「IoMT(Internet of Medical Things)」の開発や運用が進んでいます。IoMTは、遠方にある病院から、自宅にいる患者さんの血圧や心拍数などをリアルタイムで確認できるといった仕組みで、収集した情報を分析、共有することも可能です。こうして集まった情報をもとに、より効率的な診断や治療が実現し、患者さんにとっては病気の早期発見や重症化予防につながります。
医療分野における代表的なIT化の例

現在、導入が進められている医療分野のIT技術は、主に次の5つが挙げられます。
電子カルテ
電子カルテは、従来、紙媒体だったカルテをデジタル化して管理するものです。電子カルテの導入は、業務効率の向上に加えて、情報共有の迅速化や医療事故防止、カルテの保管スペース削減、管理コスト削減など、多くのメリットがあります。一方で、電子カルテには標準フォーマットがなく、メーカーによって互換性がない点が問題視されています。
なお、電子カルテも、診療完了から5年間の保存義務があり、従来の紙媒体カルテと同様「真正性」「見読性」「保存性」の3基準が求められ、長期的な管理が求められます(保険医療機関及び保険医療担当規則第9条)。
参照:保険医療機関及び保険医療養担当規則 | e-Gov 法令検索
医療用画像管理システム(PACS: Picture Archiving and Communication System)
「医療用画像管理システム(PACS)」は、CT、MRI、エコーなどの検査で撮影された画像を所定のサーバーに保存し、診察室などに設置されたパソコン端末から閲覧ができるようになるシステムです。PACSの導入によって、医師や医療スタッフが、必要な画像データに迅速にアクセスできる点が大きなメリットです。また、遠隔地からの診察や他の医療施設との連携もスムーズになり、医療格差の軽減にも役立ちます。
オーダリングシステム
オーダリングシステムとは、医師が行う検査の指示や薬の処方などを、院内の医療従事者にすばやく、正確に伝えるための仕組みです。看護師への共有をはじめ、薬剤師や放射線技師、理学療法士、管理栄養士など、多職種連携が求められる医療機関において、業務効率化を向上させる重要なシステムといえます。
オーダリングシステムの導入で、患者さんの情報が一元化でき、迅速な共有が可能になります。また、検査や治療のスケジュールを組みやすくなることで、患者さんの待ち時間短縮にもつながります。
オンライン予約
オンライン予約システムは、患者さん自身がインターネットや専用アプリなどを利用して、受診予約を行う仕組みです。従来では、電話予約が一般的でしたが、そうした応対業務が大きく軽減されます。結果として、業務の負担軽減や人件費の削減にもつながり、患者さんも待ち時間の短縮ができるのがメリットです。また、システム上で予約状況を一元管理できることから、ダブルブッキングなどの人的ミスを軽減できるという利点もあります。
レセプトの電子化
従来では紙媒体で作成していたレセプトを電子化し、オンラインで作成・提出できる仕組みです。システムとして常に最新情報にアップデートされるため、診療報酬改訂にも対応できるようになり、差し戻しを軽減できるという大きなメリットがあります。また、医事会計システムと連動させることで、支払い請求処理や未収金管理などもスムーズです。
なお、2023年11月30日付で交付された「請求命令の一部改正命令」により、電子請求の免除対象(高齢医師等)以外の施設は、2024年4月1日以降は基本的にオンライン請求することとなっています。現在では、予約受付から診察・会計までを一元で管理可能な「電子カルテ・レセコン(レセプトを作成するソフトウェア)一体型」も開発され、導入する施設も増えています。
参考:2024年度以降の取扱いと 必要な届出について|厚生労働省
医師にとってのIT導入メリットとは?

さまざまなメリットがあるIT導入ですが、医師にとってはどのようなメリットがあるのでしょうか。代表的な4つのメリットを紹介します。
▼業務時間の短縮
電子カルテやオーダリングシステムの活用により、手作業による書類作成が不要になり、診療後の記録時間を大きく短縮できます。また、必要な情報にすぐにアクセスできるため、診療業務や事務作業の効率化を図れます。
▼患者対応の質の向上
予約システムやオンライン診療の導入は、患者さんの待ち時間短縮だけでなく、ダブルブッキングの防止、受診による院内感染予防、通院負担の軽減などにも役立ちます。スムーズな診療が可能となり、患者さんの満足度向上にもつながります。
▼経営改善やコスト削減効果
IT導入による業務効率化は、医師だけでなく医療スタッフ全体の負担軽減につながり、結果として現場の生産性向上や時間的ゆとりを生み出します。人材不足を補うことから、コスト削減にもつながり、病院経営の改善や医療サービスの質の向上に貢献します。
▼診断精度の向上
IT導入により、院内だけでなく医療機関間での情報共有も容易になります。患者さんの診療情報などを一元管理できれば、連携もスムーズです。患者さんがかかりつけ医以外で受診をしたときでも、迅速な情報共有で一貫した医療が提供できるでしょう。
また、AI診断やビッグデータを活用することで、患者さんごとの診断精度の向上や潜在的な疾患のリスクも予測しやすくなります。
IT導入にあたっての課題

さまざまなメリットがあるIT化ですが、課題も山積しています。
まず、どのようなシステムであっても、導入にはまとまった初期費用が必要です。小規模施設では、こうした費用負担が経営に影響を及ぼす可能性があります。
また、臨床経験が長い医師ほど、新たなシステムの導入やデジタルツールの操作への不安を抱きやすい傾向があり、導入後にうまく活用できないケースもあるようです。一方で、医師が積極的なIT化を求めていたとしても、スタッフが使いこなせず、導入を断念しなければならない事態もあります。IT化は、スタッフにも大きく影響するため、院内全体が納得する形で進めることが大切です。
同様に、患者さんがIT化に対応できないケースもあります。例えば、オンライン診療の環境が整っても、高齢者の患者さんが中心の場合では、オンライン診療に必要な通信環境がなく、対応が難しくなります。
加えて、医療現場のITリテラシーは他分野よりも低い傾向にあることも懸念されています。患者さんの個人情報を取り扱う医療現場では、サイバー攻撃や不正アクセスへの対応など、セキュリティを強化しなければいけません。IT導入後は、常時オンラインにアクセスしている状態となり、万全なセキュリティ対策と管理が必要です。サーバーダウン時の対応にも気を配らなくてはならず、専門知識を持つスタッフが求められます。
システムは導入がゴールではなく、継続的に運用しながら、データを蓄積・活用することが重要です。医師をはじめとする医療従事者のITリテラシー向上と、操作スキル等の学習などにもコストがかかります。さらに、セキュリティ面も強化するなどの気配りが必要となるため、導入に踏み切れない施設もあると考えられます。
医療分野における最新IT事情

電子カルテやオーダリングシステムなどは徐々に普及していますが、医療分野でのIT化はさらに進化をし続けています。
なかでも最新のIT技術として注目されているのが、「AI医療機器」です。
例えば、内視鏡検査で撮影された画像からの診断をサポートするAI機器が開発されています。医師がAIを搭載したシステムを通して内視鏡検査を行う仕組みで、専門医でも診断が難しいタイプのがんを、肉眼的特徴から診断補助を行うものです。生検等の追加検査を検討すべき病変候補を検出するなど、細かいサポートで早期がんの発見に寄与するAI技術となっています。さらなるAI性能の向上によって、がんの見逃し低減や、内視鏡検査の医療技術等で生じる診療格差の是正にも役立つとして期待されています。
IT化に対応できるように最新情報を確認しておこう
医療分野のIT化により、医師の日々の業務の効率化だけでなく、多職種とのスムーズな連携を実現したり、患者さんの待ち時間や受診の負担を軽減したりすることができます。AIの活用も広がっており、今後もさまざまな技術が開発され、IT化が進められるはずです。こうした技術に対応できる知識があれば、現在の職場はもちろん、転職先で有利になる可能性もあります。今後の医療現場やキャリアの変化に対応していくためにも、最新のIT技術に関心を持ち、日頃から情報をアップデートしておきましょう。
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記事の監修者

小池 雅美(こいけ・まさみ)
小池 雅美(こいけ・まさみ)
医師。こいけ診療所院長。1994年、東海大学医学部卒業。日本医学放射線学会・放射線診断専門医・検診マンモグラフィ読影認定医・漢方専門医。放射線の読影を元にした望診術および漢方を中心に、栄養、食事の指導を重視した診療を行っている。女性特有の疾患や小児・児童に対する具体的な実践方法をアドバイスし、多くの医療関係者や患者さんから人気を集めている。
