依然として医学部進学熱は高止まりしている印象ですが、受験生にはどのような志で医学部を目指してほしいと考えていますか。

横倉 医学部の人気は私が医学部を受験した1963年の10年後くらいからだんだん高くなっていましたが、バブル崩壊で一気に加速しました。その後も不景気が続き、親御さんが「経済変動に左右されない安定した資格を」ということで、人気が不動のものになったのだと思います。私の高校(福岡県立修猷館高校)で学力がトップ10だった同級生のうち医学部に入学したのは2人でした。あとは工学部や理学部、法学部などさまざまな分野に進んで日本をリードするような学者になったり、経済人、行政官になったりするなど、自分に合った道をしっかりと選んでいましたが、今は成績が良いから医学部を受けてみる、という空気があるように感じてしまいます。
医の倫理綱領にあるように、医師は自分よりも患者さんの利益を優先して考えなくてはいけない職業です。それでも医師になりたい、という強い覚悟を持って医学部に進んでほしいと思います。
医の倫理綱領
医学および医療は、病める人の治療はもとより、人びとの健康の維持もしくは増進を図るもので、医師は責任の重大性を認識し、人類愛を基にすべての人に奉仕するものである。
1. 医師は生涯学習の精神を保ち、つねに医学の知識と技術の習得に努めるとともに、その進歩・発展に尽くす。
2. 医師はこの職業の尊厳と責任を自覚し、教養を深め、人格を高めるように心掛ける。
3. 医師は医療を受ける人びとの人格を尊重し、やさしい心で接するとともに、医療内容についてよく説明し、信頼を得るように努める。
4. 医師は互いに尊敬し、医療関係者と協力して医療に尽くす。
5. 医師は医療の公共性を重んじ、医療を通じて社会の発展に尽くすとともに、法規範の遵守および法秩序の形成に努める。
6. 医師は医業にあたって営利を目的としない。
現状、医学部に入るには、東大の一般学部と遜色ないレベルの学力が必要とされているようですね。
横倉 医学部を目指す学生に一定以上の学力が求められるのは当然ですが、日本では卒業後ほとんどが臨床医になるわけです。基礎研究に携わり、世界中の研究者との激しい競争に身を置くのであれば話は別ですが、臨床医には「人が好き」という資質も非常に重要です。目の前の患者さんをどう治療・ケアしていくか、労を惜しまず寄り添っていかなくてはいけません。こうした、医師という仕事の本質を理解した上で、優秀な学生が医学部を目指してくれるのであれば大歓迎ですね。
フェアな入試であることが大切
東京医大の事案に端を発し、2018年に発覚した一連の医学部入試における不正は社会問題化しましたが、会長はどのように捉えていますか。
横倉 大前提として、入学選抜は医学部に限らず公平性が担保されたものでなければいけません。その上で私立においては各医学部のアドミッションポリシーに基づき判断が委ねられているわけですが、不適切な選抜が行われたことは問題だと思います。
1970年代以降各県に設置された医学部の主な目的は、医師不足の解消でしたが、医学部人気の高まりで全国から受験生が集まるようになり、卒業後は都市部や出身地に戻るケースが多い現状があります。本来の目的を果たせていないということで、国立を含め医師不足に悩む地方の医学部が地域医療に従事する医師を確保するために地元の学生を優遇したい気持ちは理解できる部分があります。ただ、募集要項に明記していないような得点調整などは行うべきではありません。
その後、全国医学部長病院長会議が「大学医学部入学試験制度に関する規範」を公表し、各大学は改革に取り組んでいます。
横倉 各大学とも公平性を強く意識した入試に変わったと理解しています。女子学生の扱いが大きな問題になったわけですが、個人的には必ずしも厳格にイーブンである必要はなく、判定基準がフェアであることが大事であると感じています。すでに医学部の女子学生比率は30%を超えていますが、今後さらに増加していくことは確実でしょう。結婚や出産といった女性特有の事情を踏まえつつ、女性医師が望んだキャリアをしっかり積んでいけるような環境を医療界全体で整えていかなくてはいけません。
総合的な診療能力を身につけてほしい
医学部に入ってからはどのようなスキルを身につけてほしいと考えていますか。
横倉 これからは高齢者医療が重要になります。診療だけではなく患者さんやご家族に寄り添う医療を提供する必要があります。そのためには総合的な診療能力を身につけていかなくてはなりません。医学部教育もより実践的なものに変えていこうという流れになっていて、学部の4年生でCBTやOSCEを実施し、それをクリアした学生は5・6年生でスチューデントドクターとして指導教員の監督のもと、一部の医療行為が行えるようになります。
臨床研修も参加型のカリキュラムを重視する方向に変更されていますね。

横倉 学部の5・6年と卒後2年の計4年間で、地域医療に求められる総合的な診療能力を高めてもらい、その後自分の興味のある専門分野を追究していくようにしてもらいたいと思います。医師不足と言われますが、昔の方が絶対数は少なかった。専門分化が進みすぎたことで、「専門の先生に診てもらわなければ治らない」という感覚が醸成されていったように思います。総合的な診療能力を身につけたかかりつけ医であれば、ほとんどの問題は解決するということを国民に理解してもらえるよう、医師会も努力していかなくてはいけないと考えています。
盲腸を機に叔父と同じ外科医の道へ
受験生時代の思い出を教えてください。
横倉 父は内科医でしたが、私は次男ということもあり、高校3年生の夏まで医学部に進むことはあまり考えていませんでした。夏休みの終わりに盲腸で入院し、外科医だった叔父の手術を受けて元気になりました。人を助けることができる医師という仕事に魅力を改めて感じ、叔父と同じ外科医になろうと決めて、秋から勉強を始めました。
かなりの短期勝負だったと思いますが、どのくらい勉強したのですか。
横倉 “四当五落”などと言われていたので、睡眠時間を四時間に削って勉強した覚えがあります。数学が苦手だったのですが、ひたすら参考書を何度も繰り返し解く勉強法でした。修猷館は基礎教育をしっかりしてくれていたので、秋からでも間に合ったのかもしれませんね。
最後に医学部を目指す学生と親御さんにメッセージをお願いします。
横倉 これからの医師は患者さんやご家族に向き合い、高齢者であればアドバンス・ケア・プランニング(ACP)などを通じ、希望を尊重しながら専門家として最善の医療を提供していく姿勢が大切です。残念ながら医師を巡る環境はかつてのように恵まれたものではなくなっていくでしょう。そうした時代だからこそ、患者さんを治療し、「ありがとう」と言われることに喜びとやりがいを感じてくれる人に医師を目指してほしいと思います。
出典:Web医事新報
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