訪日外国人観光客や在留外国人は増加の一途を辿っており、外国人への医療体制の整備は喫緊の課題となっています。外国人診療の第一人者である小林国際クリニック院長・小林米幸先生に、外国人診療における留意点についてうかがったインタビューをWeb医事新報より紹介します。
強調した説明が必要
外国人を診療する上で気を付けていることはありますか。

日本人患者に信頼されなければ地域医療は成り立たない
日本語を話せる外国人も多いので
まずは日本語で声掛けを
特に気を付けなければいけないと感じるのは、慢性疾患の治療です。たとえば高血圧で薬を処方した場合、大体の日本人患者は数値が下がっても、薬を飲み続けます。降圧薬の効果だと分かっているからです。ところが、外国人患者は内服を止めてしまうことが多いんです。日本人の医師や患者さんが常識として前提に置いている知識がなく、数値が下がったら「治った」と思ってしまう。収縮期血圧が140mmHgの日は薬を飲み、127mmHgの日は飲まない。そういう考え方のようです。慢性疾患の患者に薬を出すときは、根本的な治療ではないため、絶対に飲み続けなければならないことや、飲まない場合に起こりうることの説明を強調した上で、次回の受診日を確認することが大切です。
外国人診療に積極的に取り組むようになった経緯は。
ベトナム戦争終結前後、ボートに乗って国外へ脱出したインドシナ難民の存在が社会問題となりました。日本政府は1978年より、インドシナ難民を受け入れる事業を行いました。受け入れた難民の方が日本で生活できるように支援する定住促進センターの1つが大和市にありました。
私は1987年より大和市立病院に赴任し、難民の方の健診を行っていました。そこで目の当たりにしたのは、日本語が通じないために診療を断られてしまう難民の方の姿でした。
私のような外科医はほかにもたくさんいるかもしれないが、彼らの問題に気が付いて取り組もうという熱意があるのは私しかいない。そんな思いから開業に踏み切りました。
経営は不安でしたが、蓋をあけてみると、最初の月から黒字でした。地域医療で失敗しなかった最大の理由はおそらく、日本人、外国人を分け隔てなく診療したことでしょう。外国人が増えたといっても、地域の中で多いのは日本人です。当院ですら、外国人患者さんは約2割。日本人の患者さんに信頼されなければ、地域医療は成り立ちません。外国人差別は当然いけませんが、日本人への逆差別と捉えられかねない対応がないよう、日頃から気を付けています。
まだ外国人診療に慣れていない医療機関が外国人診療で疲弊しないための工夫はありますか。
突然外国語を話されたら、驚き、困惑することでしょう。しかし、日本語を少し話せる方も意外と多いんです。まずは、「こんにちは」と声を掛けてみてはいかがでしょうか。反応をみて、日本語がどの程度できるか、日本語での診療が可能か、およそ判断できます。
また言語対応や支払い方法、医療の進め方に対する考え方、宗教、習慣など様々な違いに関する知識は取得しておき、医療機関としての方向性を定めておくと良いでしょう。よくあるのは、支払い額のディスカウントを求められるケースです。受付職員が「先生に聞いてみます」と答えてしまうと、事務のレベルでは決まっておらず、医師次第で安くなるかもしれないというメッセージを送ることになります。ですから受付の時点で、日本の医療機関ではディスカウントができないことを伝える必要があります。もし医師がディスカウントを許可した場合、患者さんの友だちが来院し同じようにディスカウントを求めるなど、トラブルに発展しかねません。
患者の負担を減らす工夫を
医療費未納を不安視する声も多く挙がっています。
独居の高齢者、小さなお子さんがいる方、保険診療ができない外国人など、患者さんが抱える問題や状況に応じて、提供する医療の内容は変わります。
医療費未納を防ぐための対策として当院では、外国人を診療する際にはお金の問題が存在するかを通訳に聞いてもらっています。患者さんにお金がない場合は、検査を必要最小限まで減らす、薬の数を減らすなど、医療費をなるべく安くし、患者さんの負担を減らす工夫をしています。
日本人であっても同じですが、医療費未納となったあとに回収するのはとても大変です。未納を生み出さないためのノウハウを周知したいと考えています。
そうしたノウハウをご執筆いただきました。
患者さんへの適切な対応や医療機関が赤字を背負わないための工夫、嫌な気分にならないために必要な知識など外国人患者さんの対応に困ったときに役立つ実学を書き上げました。外国人を診療するにあたって、医療機関内の意思統一のためにも読んでいただきたいですね。看護師や事務職員など医師以外の方にも役立つはずです。
医療の本質は心の寄り添い
外国人診療を巡ってはトラブル事例が注目されがちですが、嬉しかったことなどはありますか。
6月に誕生日を迎えた際には、フィリピン人の男性と女性の患者さんがお昼頃にクリニックに来て、やきそばとケーキを届けてくれました。経済的に豊かではない彼らが、それでも作ってきてくれたことは、何事にも代えがたいくらい嬉しかったです。
また開業のきっかけであるインドシナ難民の方が、30年以上経ついまでも通院してくれています。
医療の本質はお互いの心の寄り添いです。私を受け入れてくれるということが、何よりの宝です。
(聞き手・上野ひかり)
出典:Web医事新報
※本記事は株式会社日本医事新報社の提供により掲載しています。