高齢化にともない、在宅での看取りは今後さらに増加していくことが予想されます。しかし、「在宅看取り」の段取りについて理解が浸透していないことから、意図せず警察沙汰になってしまった、というケースが発生してしまっている現状があります。在宅での看取りにおけるトラブルを防ぐには、どうすれば良いのでしょうか。「町医者」として慢性期医療に携わる長尾和宏先生が執筆するWeb医事新報の連載「町医者で行こう!! 第97回 心肺蘇生を望まない終末期患者への救急隊の対応」より、在宅看取りの展望について紹介します。
看取りのはずが警察沙汰に
在宅看取りの予定であったが終末期患者さんの急変時に慌てた家族や近所の人が119番し、救急隊による心肺蘇生が開始されたという話をときどき聞く。119番という行為は、「心肺停止であれば蘇生処置を開始してくれ」という意思表示でもある。救急隊には救急救命処置を行う法的義務が課せられている。蘇生処置を行わない場合、後のメディカルコントロールの検証により処罰される可能性すらある。蘇生処置に反応せず死亡を確認した場合、警察に連絡されるケースもある。通報を受けた警察は事情聴取や現場検証を行う。このように在宅看取りのはずが警察沙汰になった、という話をよく聞く。そうなると家族は何か悪いことをしたのでは、という錯覚に陥る。大きなトラウマとなり悩み続ける人もいる。筆者がこれまで1300件以上の在宅看取りを行ってきた中でも数件、苦い経験をした。警察沙汰になればせっかくの在宅医療も後味が悪い。
原因はいくつかある。市民が在宅看取り寸前に119番することの意味を理解していない。在宅医が緊急対応をしていない。多くの医師が看取りの法律である医師法20条を正しく理解していない、ないし誤解している。医師法20条と殺人疑い死体の警察届け出を定めた医師法21条を混同している医師は多い。筆者は、「看取り搬送」後の「在宅医の霊安室往診」を是正するため、病院の医師に看取りの法律の説明をしているが多くの時間と労力を要する。救急隊との連携不足も大きな問題だ。
蘇生しながらの確認作業
総務省消防庁の「2018年版救急救助の現況」によると、2017年中の救急搬送人員数のうち最も多い年齢区分は高齢者である。その割合は過半数を超え(58.8%)、最も高い年齢層は75~84歳(22.6%)である。当然、心肺蘇生の対象となる人も少なからず含まれている。一方、リビングウイル(LW)や事前指示書(AD)を書いて人生の最終段階で心肺蘇生を望まない(DNAR)国民が増えている。現在、文書でそうした意思表示をしている国民は3.2%いると推計されている。LWやADにはDNAR指示も含まれている。しかし現実には終末期患者さんが急変した際、家族、隣人、介護スタッフなどが反射的に119番をすることがよくある。駆けつけた救急隊はこうしたDNARを表明している終末期患者さんにどう対応するべきだろうか。
東京消防庁の諮問機関である「救急業務懇話会」は今年2月、「かかりつけ医による患者の意思確認と指示があれば蘇生処置を中止する」との答申をまとめた。東京消防庁は19年度からの運用を目指しているという。また、総務省消防庁の検討会は18年度報告書で、蘇生中止の基準は示していないものの、心肺蘇生を中止する運用を行っている消防本部の対応状況を紹介している。その上で家族や本人が蘇生を望まない事案について今後、検討を進めていくことを明記した。このように救急隊の対応についての議論が活発化している。とりあえず蘇生処置を施しながら、LWと終末期であることが確認できれば蘇生を「中止」してもいい、という方向にある。救急隊も本人の意思をできるだけ尊重する裁量を持てるよう、変化しつつある。
人生の最終段階には主に3つの病態があることが広く知られている。そのうち、がんと老衰の在宅看取りにおいては蘇生中止という命題は生じにくい。一方、慢性心不全、肝硬変、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、慢性腎不全などの臓器不全症においては終末期の判断が容易でないことが少なくない。家族がどこまでも蘇生処置を強く望む場合もある。在宅医や病院の専門医と家族を含めて丁寧な話し合いをしていればトラブルにはならない。しかし臓器不全症の終末期において、蘇生処置を施しても回復不能であるという判断を下すことは時に相当な難問である。だから臓器不全症こそ、比較的元気なうちからしっかり「人生会議」(アドバンス・ケア・プランニング)を繰り返しておくべき病態である。LWやADを土台にしたきめ細かい話し合いを積み重ねた先に蘇生中止があると考える。そうした土台が築けていないと救急隊は消防法とLWの狭間に悩み、疲弊する。
介護施設での看取りのハードル
自宅での看取りは医師・看護師と家族が話し合いを繰り返すことで可能となる。特に遠くの家族と早くから十分な対話をしておくべきだ。十分なコミュニケーションを図ることで看取り周辺のトラブルは避けられる。一方、グループホームや老人ホームなどの介護施設における看取りにはそれぞれのハードルがある。家族と話し合う機会を持ちにくいのだ。また看取りの経験が皆無という介護施設も少なくない。グループホームにおいては半数以上の施設が1例も経験していないのが現状だ。そもそも介護スタッフへの看取りの教育は十分でない。人手不足が深刻化している介護現場では、無資格者が当直していることもある。
以下、筆者が経験した事例を紹介する。
90代の老衰の入所者が息を引き取った、との連絡を受けた。遠方にいたために「4時間ほどかかるが、今から行きます」と話して施設に向かった。到着するとなんと、介護職員が女性に馬乗りになっていた。4時間にもわたって、何人もの介護職員が交代で強力な心臓マッサージを続けていたのだ。看取りの説明はしたものの「心肺蘇生は不要」と話していなかったことに気が付き、悔いた。先に到着した家族からのプレッシャーもあったのだろう。119番しなかったことには感謝した。
70代の入所者が息を引き取りそうだ、との連絡を受けて駆けつけると先に救急車が到着していた。事情を説明してお引き取りいただいたが、やはり施設の新米スタッフが慌てて119番していた。ケア会議を何度も行い、施設看取りを確認していたつもりだったが、気が動転したとのこと。それ以降、「看取り患者さんには呼吸が止まっても119番しない」ことを介護スタッフ全員に周知している。
演劇は市民啓発に有用
近畿2府4県からなる近畿在宅医療推進フォーラムでは、数年前から演劇を用いた在宅療養の市民啓発を行っている。16年には多職種からなる劇団「死期」あらため「劇団ザイタク」が、新神戸オリエンタル劇場において「ピンピンコロリなんか無理なん知っとう?」を上演した。在宅医が救急隊や警察役を演じ、分かりやすいと好評であった。18年には尼崎市と大阪市でそれぞれ「独居の認知症」と「末期がんの在宅看取り」も上演した。忙しい多職種が練習のために集まることは大変だが、関西風のアドリブを散りばめた演劇は好評である。これらの演劇はDVDやYouTubeで全国に啓発している。在宅看取りや施設看取りの現場で多職種や家族への説明に活用している。在宅医療の啓発はいまだ不十分である。「蘇生中止」や「119番の意味」を分かりやすく伝えるためには「演劇」という手法は有用である。
横の連携強化が必要
「無用な救急搬送」や「無用な検視」を減らすためには、在宅と救急、そしてできれば警察との3者の連携を強化する必要がある。そこで在宅医や救急医らが中心となり17年に「日本在宅救急研究会」を立ち上げた。私もその1人である。18年には「日本在宅救急医学会」となり、今年は9月7日(土)に第3回学術大会を都内で開催する予定である。地域包括ケアシステムの推進は在宅と病院の連携という話だけではない。多職種や行政、救急、警察との連携なくしては成立しない。官民の壁を超えた横の連携こそが地域包括ケアシステムの土台であると考える。
出典:Web医事新報 長尾和宏の「町医者で行こう!!」第97回
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