「病理」のリアル 現役の専門医に直撃!|新専門医制度 19基本領域まるごと図鑑

「病理」のリアル 現役の専門医に直撃!

この科の医師は――ひたすら脳を使う・まるで軍師・まるでアームチェア・ディテクティブ(安楽椅子探偵)・なぜか早口⁉

イラスト:イケウチリリー
取材・文:マイナビRESIDENT編集部

このコーナーは元々、医学生と初期研修医に将来のことを考える材料にしてもらおうと、『マイナビRESIDENT』用に作りました。2018年に開始した新専門医制度で基本領域になった19診療科の専門医に、その科の魅力やイマイチなところ、どんな人が向いているのか、「あるある」、一日の仕事の流れ、典型的な医師像などを「ぶっちゃけ」で語ってもらった記事です。こういった他科の詳細な情報は、転科や診療領域の追加を考えている医師にとっても有益だと考え、『マイナビDOCTOR』にも掲載することにしました。
病理は、専門医の市原真(いちはら・しん)さんに聞きました。

インタビューを受けていただいた医師

原真(いちはら・しん)医師 = 1978年生まれ

■所属
札幌厚生病院(516床)病理診断科主任部長
■主な資格
病理専門医
■卒業大学
北海道大学

* 医師の所属、主な資格は取材当時(2023年10~12月)

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インタビュー内容

Q1.なぜ病理を専門に選んだのですか?

大学卒業後は研究者として生きていこうと決意して、大学院に進学したんです。ただ、基礎系の研究領域の中でも、マウスなどの動物ばかりを使って人の顔も思い浮かばないような研究をするのは嫌でした。患者から出た検体を基に病気の研究をしようと、そういう強いモチベーションを持って、病理の講座に入りました。でも、全く芽が出なかったんです。それで研究者の道を諦めることにしたのですが、当時は初期研修が義務化されていなかったので、僕は一切臨床をやらないままに大学院で4年間を過ごしてしまいました。博士号は取得したので、この後は病理医でもやるかな……という感じで選んだんです。なので、病理の世界には、前向きに入って、折れて、後ろ向きに進んだということです(笑)。

ただ、ものの半年で病理の面白さに気づいて、ものすごく前向きになるんですけどね。病院に入ってすぐ、上司に命じられて東京都内にある国立がん研究センターに研修に行くことになったんです。研究しかやってこなかったので、診断の修行をして来いというわけです。そこで病理の面白さに気づいてしまいました。

Q2.病理の良いところを教えてください

病理は医師の悩みに答える部門だということですね。臨床医が困っていることを解決するために、我々だけが開けることのできる扉があるんです。臨床医が自分たちで分からないから、「後は病理で頼むよ」とこっちにパスしてくる。そうやって頼られるというのは、すごく良い気持ちがします。

患者がなぜこの状態になったのか、なぜこの薬は効いたのか・効かなかったのか、なぜこの患者は急変したのか――。臨床医が持つ悩みというのは、つまりその臓器や病気の専門家が持つ悩みなので、すごく複雑で深いんです。その複雑で深い「なぜ」に対して、脳だけを使って、答えを導き出す。現場に行かず室内にいたまま、与えられた情報から推理するアームチェア・ディテクティブ(安楽椅子探偵)のイメージですよ。

また、病理医は軍師のイメージの側面もあります。戦場の前線で自分でも刀を抜いて、患者の免疫を兵卒として、抗がん剤などを武器にして、疾病という敵と戦う「武将」が臨床医です。対して病理医は後方の本陣にいて、うちわをあおぎながら戦略を練って伝える「軍師」なんですよ。

僕もそうですが、こういう脳を使った仕事というのは、合う人には強烈な魅力なんですね。

Q3.病理のイマイチなところはありますか?

「なんで“普通の”医者にならなかったの?」と未来永劫、言われ続けることです。医師というと、臨床医のイメージが強すぎるんです。誰かに病理の良さを話すとします。そうすると、「そんなに生き生きと医者をやるんだったら、臨床に行けばよかったのに」と言われるんです。「ええ? こんなに面白さを話したのに、その言葉が出るか……」と、この繰り返しです。僕ら病理医も、臨床医と同じ医師免許を持っているんですけどね。僕も「この仕事『で』いいや」と後ろ向きで入りましたけど、今は「この仕事『が』いいわ」に変わっているわけですよ。でも、周囲の人は王道を進むのが良いことだと思っていますから、自分の中で病理を選んだことについてきちんと理論武装していないとストレスになりますね。

また、ワーク・ライフ・バランスが実現されている科なので、それに何か引け目を感じることがあります。臨床医の中には寝食を忘れて仕事に没頭したい人が結構いるんです。そして、そういう人の方が医師としてちょっと偉いみたいな感覚を持っている人が多くいます。終業時間になったら帰れるというのを、なんだか悪いことのように感じてしまう瞬間があるんです。本当は素晴らしいことなのに。

Q4.専門医としての技術や知識を磨くためにやっていることはありますか?

CTやMRI、内視鏡、超音波といった、各科で使っている画像診断モダリティ(医用画像を撮影する装置)の理論をしっかりと頭に入れておくことです。臨床医がそれらのモダリティで何を見ていて、それを僕らが顕微鏡で見るとこうなるというのを、きちんと対比できるように勉強しておくのは大前提です。

その上で、臨床医がどのように診断をしているのかを理解しておくことも大事です。「病理ではここまでしか分からない、後はいつものようにそっちでお願いします」と投げ返す時に、相手が何を欲しているのかを分かっていなかったら、すごく雑な投げ返しになってしまいます。そうなると、頼られない病理医になってしまいますからね。

教科書に載っているものを僕らが頭に入れておくというのは当たり前のことなんですが、それでは足りないんです。なので、臨床医がどのような気持ちで、何に興味を持っているのかを知るために、臨床医の学会や研究会に参加するようにしています。

Q5.病理は何年ぐらいで、自信を持って診療できるようになれますか?

5年、10年、15年という3段階の節目があります。病理医として5年も務めると、その病理医の言っていることを臨床医はかなり信じます。だから現場では自信が付いたような顔をしていますが、まだ「張りぼて」の自信です。次に、この伸び率であれば自分はかなり病理医として「イケる」んじゃないかと勘違いするのが10年目。15年目になると、「10年目の時によくあんなに自信を持っていたな……」と思ってしまいますが、それなりの自信が付き、自信の理由を言語化できるようにもなります。

Q6.病理に向いている人を教えてください

「TikTok(ティックトック)」(動画投稿アプリ)で次から次へと出てくるさまざまな種類の動画をずっと見ていることが苦痛じゃない人でしょうか。病理の仕事は、毎日違う臨床医とやりとりし、毎日違う検体を診るわけです。だから、あれもこれも興味を持って、それに面白さを見いだせる人は向いていると思います。市中病院だといろいろな診療科の人と付き合っていくことになるので、八方美人な人もいいでしょうね。

もちろん、昔ながらの一つのことに没頭して突き詰めるタイプの人も、大学病院に勤めたり研究者になったりするのであれば、向いていますけど。

病院勤務の一日の流れ

Q7.病理は開業に向いていますか?

なりません。開業を視野に入れているのであれば、病理医にはならない方がいいです。病理での開業は不可能ではありませんが、今のところビジネスモデルが確立されていないので、金銭的にはメリットは何もありませんから。

もし、病理専門医という資格だけでなく、(プログラミング言語の)パイソンなどを使って自分でプログラムが組めるのであれば、病理AIのベンチャーの開業に夢があるかもしれません。

Q8.もし病理がなかったら、何科を選びますか?

血液内科かリウマチ膠原病内科です。疾病のメカニズムを解明していくアカデミックな部分と、患者との関係を築きながら症状をいかに和らげていくかというナラティブなケア、その両方をやるわけです。しかも具合が悪いといって病院にやって来た患者を素早く診断する、その能力の高さも持っています。新しい治療薬に対する勉強の姿勢、エビデンスの出し方も、めちゃくちゃ格好良いと思います。

僕は以前も今も、自分でESD(内視鏡的粘膜下層剥離術)をして消化器がんの患者を治したいとか、カテーテルを入れて心臓の病気を治療したいとか、そういうことに引かれたことがないんです。メカニズムを追究して患者に還元することに格好良さを感じるので。

Q9.他科の医師から一目置かれるのは何科ですか?

「お金を持っているな」と思うのは、アルバイトをよくやる診療科の人ですね(笑)。僕が知っている人でいうと、消化器内科とか肝臓内科とかですか。

僕自身は、診療科というより個人をリスペクトしています。消化器外科で大腸の手術をしている医師とか、循環器内科の医師にも一目置いている人がいます。

Q10.病理の「あるある」を教えてください

たいていの病理医は早口です。活舌が悪い人も早口です。我々の仕事の根本は、診断の根拠を文字にすることなんです。考えていることや起きていることを文章にする。そういうことをやり続けていると、なぜか早口になっちゃうのかな。研究会や学会で指摘されるので、50代後半になるとだんだんとスピードが落ちてきて、60歳を超えると急にゆっくりしゃべるようになります。

それから、中学生の頃の同級生なんかに病気の相談をされて、何か良い薬があったら欲しいと言われるとしますよね。そうしたら、「俺は病理だから薬出せないわ」と答えるわけです。必ず「役に立たないな……」と返されます。自分の子どもが熱を出した時も、僕は「病院に行っておいで」と言います。家の人からは「なんで医者が家にいるのに何もできないの?」という反応をされます。これは、病理医の多くの人が経験していると思いますよ。

Q11.典型的な病理医とはどんな人ですか?

頭だけを使ってずっと考えているのが好き。考えている時は、まるでアームチェア・ディテクティブ(安楽椅子探偵)。他科の医師と仕事をしている時は軍師のイメージですね。

医学生・初期研修医へのメッセージ

医師はお金を持っているというイメージがありませんか。実は医師の給料というのは、ちょっと給料の高い会社員と同じくらいです。つまり、それに何かを上乗せしているから、お金を持っている医師がいるんです。また、「何科は給料が高い」という話をよく見聞きすると思います。でも、病院に勤務している限り、日本ではそういう差はありません。どの診療科もベースは同じです。

じゃあ、お金を持っている医師がなぜいるのか、なぜ医師の間で収入差が生じてくるかというと、アルバイトをどれだけやるかなんです。お金のことを考慮に入れて進路を決めるのであれば、どの病院に勤めるとか、何科を選ぶとかではなくて、本業とアルバイトのバランスをどう考えるのかの判断になります。雑な情報に左右されず、何に価値を置いて医師として生きていくのかをしっかりと考えるべきです。

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