医師は医学部を卒業後、2年間の初期研修と後期研修を受け、早い医師では30歳で6年の経験を積んだ中堅医師の仲間入りをすることとなります。専門とする診療科も決まり、30代は将来的なキャリアプランを視野に入れて自分に合った職場を探すのに最適な年代といえるでしょう。また、人によっては結婚、出産、育児などのライフスタイルの変化に応じて働き方を変える必要が出てくるかもしれません。ここでは、30代の医師の代表的な転職パターンを紹介します。
プライベートとの両立を目指す転職

結婚や出産、育児によるライフスタイルの変化は働き方に大きな影響を与えます。とくに女性医師に多くみられる傾向ですが、当直やオンコール等による長時間労働により体力的な限界を感じたり、プライベート時間をしっかりと確保したいという思いが生じたりして転職を考えるケースが増加します。
このような動機から転職を考え始めた医師の場合、次に選択する職場として以下のような選択肢が挙げられます。
1-1.福利厚生がしっかりとした病院への転職
福利厚生を重視する傾向は、医師としてのキャリアを積みながら仕事とプライベートと両立させたいという意向のある女性医師に多く見られます。
女性の社会進出が徐々に進みつつあるものの、総じて医師は体力的にも精神的にもハードな仕事ですから、職場のサポートなしに女性医師が仕事と子育てを両立するのは至難の業です。産休・育休制度が確保されていても、最低限の制度しか備えていない医療機関や支援体制が充分でない医療機関が大多数です。
そんな中、婦人科など女性医師が活躍する診療科を中心に、託児所の併設など子育てをしながら働きやすい環境が整えられている病院も中には存在します。子育て中の女性医師をはじめ、将来的に妊娠、出産を希望する女性医師はこのようなサポート体制が整った病院を選択する傾向があります。
1-2.比較的穏やかに働ける診療科への転職

外科や麻酔科、産婦人科などの手術が発生する診療科はどうしても激務になる傾向があります。
ときには手術が深夜にまで及ぶこともあり、不規則な生活スタイルは体力的にハードさを感じるだけでなく、心身ともに不調をきたす原因にもなりかねません。最悪の場合、不規則な生活スタイルが流産の原因すらなってしまうことがあります。
このような生活スタイルを改善するため、激務な診療科から比較的穏やかな環境で働ける皮膚科や眼科、内科などの診療科への転科を希望する医師も少なくありません。
1-3.フリーランス医への転向
女性医師が妊娠・出産の時期に一時的にフリーランス医に転向するケースもあります。フリーランス医は働く日数や時間帯を自分で決めることができるため、ある程度忙しい診療科でも、労働量をコントロールできるというメリットがあります。
外科や麻酔科、産婦人科で働く医師がそのままキャリアを積みたいと考えた場合、転科ではなく一時的に非常勤やスポットで仕事を続けるというのもひとつの手です。
また、非常勤やスポットの求人では、オンコールや当直のない求人を選択できたり、事前に相談ができたりと、自身に負担がかからないよう調整をすることも可能です。
フリーランス医は常勤医よりも給与水準が高いケースが多いため、勤務日数が少なくなっても常勤で働いていた頃と同水準の給与を得ることも難しくありません(ただし診療科によります)。

▼キャリアパートナーからのワンポイントアドバイス
勤務開始前に相談ができるとはいえ、「オンコールや当直を勤務契約からはずしてもらいたい」と人事担当者に直接申し出るのは気が重い、という方もいるのではないでしょうか。マイナビのキャリアパートナーを通しての交渉も可能ですのでご相談ください。また、給与水準を落とさずに非常勤やスポットの求人を探したい方へ、希望に合った求人をご紹介させていただきます。
医局から脱却するための転職

以前はほぼすべての研修医が医局に在籍することを選んでいましたが、現在では7割程度にとどまっているといわれています。
教育環境や医療設備など、医局に在籍することによるメリットもありますが、現代社会では医局特有のルールにわずらわしさを感じる医師も多くいます。医局に在籍することによる主なデメリットは下記の通りです。
2-1.人間関係が複雑
医局内で出世して教授職に就くためには、教授に気に入ってもらいより上位の職責を手に入れるというような、政治的な手腕もある程度必要です。
前時代的な慣習だと感じるかもしれませんが、医局にはまだまだ「派閥」があり、同じ医療従事者同士にもかかわらずギスギスしてしまうことがあります。
殺伐とした人間関係にわずらわしさを感じる医師は多く、医局を退局し民間病院に転職をする道を選びます。
2-2.給与水準が低い

大学病院やその関連病院は、給与水準が低い傾向があります。人員が充足しているため、労働環境が比較的良い側面もありますが、民間病院と比較をすると場合によっては500万円以上年収に差が出ることもあります。
とくに家庭を持つ医師は将来的に資産を増やしたいと考えることもあるでしょう。そのような場合、より高収入を得られる民間病院への転職を検討します。
2-3.経験できる症例に制限がある
大学病院やその関連病院では、医師数が充足しています。患者数に対する医師数に余剰が生まれるため、診療をしたいと思っていた症例を他の医師が担当するなど、自身が希望する経験ができなくなる事態が発生します。そのため、より多くの症例を経験できる民間病院を選ぶ医師が増加します。
開業医やフリーランス医になる

30代前半ではまだ少数ではあるものの、30代後半を迎えると開業を検討する医師が増加します。
医師は一般に社会的地位が高い職業と認識されているため、政策金融国庫や金融機関から融資を受けやすいという背景もあり、開業をすること自体は実はそれほど難しいことではありません。
しかし、経営が軌道に乗るかどうかといえば、別の話です。個人で開業した医療機関の経営を軌道に乗せ、患者さんを安定的に診療できる医療機関へと成長させるためには、大きな病院との連携が必要です。
そのため、開業を検討している医師は、若いころから経験を積み、医師同士のコネクションをつくることを重視します。
将来的に開業をした際に患者さんの紹介をしてもらうことを視野に入れて、あえて医局に所属し、教授職の医師とのコネクションを構築する医師もいます。
また、開業医という選択の他に、フリーランス医という働き方を選択する医師もいます。前述したように、外科や麻酔科、産科などの常勤医は、手術時間が大幅に延びて慢性的に長時間労働となったり、昼夜を問わず病院から呼び出され、自身の健康状態を悪化させてしまったりすることもあります。
このような背景から、働く日数や時間を自分でコントロールできるフリーランス医を選択する医師もいます。とくに、ワーク・ライフ・バランスを重視したい医師におすすめの働き方といえるでしょう。
また、給与水準は常勤医よりも高くなり、日給が8万円から12万円程度で、年収が2000万円を超えることもさほど難しくはありません。ただし、もちろん退職金はなく、年金は国民年金となり、福利厚生もほぼないようなものだという点には留意しましょう。
ある程度の経験を積んだ30代の転職にはさまざまな可能性があります。自分のライフスタイルや仕事をするうえでの志向を整理し、ゆずれないポイントを明確にしたうえで自分に合ったキャリアプランを立てましょう。
文:太田卓志(麻酔科医)