この科の医師は――趣味ガチ勢・冷静沈着・周囲からの印象は「冷たい」? でもハートは熱い⁉
イラスト:イケウチリリー
取材・文:マイナビRESIDENT編集部
このコーナーは元々、医学生と初期研修医に将来のことを考える材料にしてもらおうと、『マイナビRESIDENT』用に作りました。2018年に開始した新専門医制度で基本領域になった19診療科の専門医に、その科の魅力やイマイチなところ、どんな人が向いているのか、「あるある」、一日の仕事の流れ、典型的な医師像などを「ぶっちゃけ」で語ってもらった記事です。こういった他科の詳細な情報は、転科や診療領域の追加を考えている医師にとっても有益だと考え、『マイナビDOCTOR』にも掲載することにしました。
救急科は、専門医の小林誠人(こばやし・まこと)さんに聞きました。
インタビューを受けていただいた医師
小林誠人(こばやし・まこと)医師 = 1968年生まれ
- ■所属
- 鳥取県立中央病院(518床)院長補佐、同院高次救急集中治療センター長
- ■主な資格
- 日本救急医学会専門医・指導医・評議員、日本集中治療医学会専門医・評議員、日本外科学会外科専門医・指導医
- ■卒業大学
- 鳥取大学
* 医師の所属、主な資格は取材当時(2023年10~12月)
インタビュー内容
Q1.なぜ救急科を専門に選んだのですか?
大学4年生の時に友人に誘われて、沖縄本島中部の米・海兵隊基地内にある「U.S. Naval Hospital Okinawa」で研修を受けたのがきっかけです。その時までは、QOL(生活の質)を最優先にした働き方ができればいいかなと思っていて、そういう診療科に進もうと思っていたんです。研修を受けに行ったのも、僕はスキューバダイビングが趣味で、沖縄だったらダイビングができるので、そのついでに見学しようという軽い気持ちからでした。
でも、現地に行って、「ER(Emergency Room:救急救命室)」で研修を受けて衝撃を受けました。重症の外傷者と犬にかまれた米兵を、一人の医師が手際よく診療しているんです。「めちゃくちゃ格好良いな」と思いましたよ。せっかくなら、こんな風になんでもできる、頭の先から足の先まで全身を診られる医師になりたいと、その時初めて思いました。その場で、救急医になろうと決意しました。
でも当時、僕の学んでいた鳥取大学のある山陰地方には、救急を専門にしている医師がいませんでした。誰からも救急を教えてもらえなかったので、まずは「全身が診られて、手術もできて、人を助けられる科」である外科に進みました。そして、自分でメスを持って人を救える医師になって、それから救急の道に進もうと考えたんです。
Q2.救急科の良いところを教えてください
救急科が対応する患者は、「人生最悪の時」に立たされています。そういった超急性期の患者に対し、瞬時の判断をしながら命を救い、少しでも状況をハッピーなものに変える手助けができる。それは醍醐味(だいごみ)ですね。もちろん、回復が見込めない患者もいます。そういった時に、その患者を取り巻く環境を踏まえて、どのような治療を行っていくのが最適なのかを家族と一緒に考えるというのも、救急科のやりがいの一つだと思います。
また、救急科は医療職だけでなく、消防や警察、行政と非常に深く関わります。地域の中での存在意義を示せるというのもすごく良いところですね。
働き方の面でいえば、救急科はシフトワークを導入している職場が増えており、国が進める働き方改革(2024年4月施行の、勤務医の長時間労働の改善を目的とした「医師の働き方改革」)に合致しているんです。救急科は、救急で運ばれてくる患者に対応して集中治療を施すので、定期の外来や手術を持ちません。他の多くのところもそうだと思いますが、うちは主治医制を取っていないので、担当患者に何かあって呼び出されることがありません。仕事が終わったらスパっと自分の時間に切り替えられますし、それぞれの生活スタイルに合わせてシフトを組むことができます。
Q3.救急科のイマイチなところはありますか?
救急科は歴史が浅いので、外科や内科からすると、「救急科というのは何をしているのだろう?」「救急科は何ができるのだろう?」と思われているところが、まだまだあります。国内には、救急科を育ててこなかった地域があり、そういうところは他科の医師が当直で救急を担ってきたんですよね。だから、「自分たちがやってきたことを、どうして今さら救急科がやるの?」と思うようです。ただ、これは、一緒に働けばすぐに解決できることです。
Q4.専門医としての技術や知識を磨くためにやっていることはありますか?
救急科の医師は、意識や呼吸や循環といった、臓器にとらわれない生理学的兆候を担保するゼネラリストなんです。患者の全身をsurvey(検査)して、resuscitation(蘇生)する中で、resuscitationの障害となっているところを治療する必要が出てきます。そのために外科や血液浄化、腹部救急などの知識・技術が必要になります。ですから、そういったサブスペシャルティの資格を取っています。
そして、とにかく「数」は大事です。ドクターカーもドクターヘリも場数を踏んで、それをチームできちんと振り返ることを実践しています。
Q5.救急科は何年ぐらいで、自信を持って診療できるようになれますか?
救急科の指導医を一つの目安とするならば、救命救急センターで10年働けば取得できます。ただ、経験のある症例は1年目でも2年目でも自信を持って診療できるんですよね。でも、救急科で仕事をしていれば、何年たっても未経験の事例に遭遇します。どれだけ長いキャリアを積んでいようと、経験したことのないことに対して自信を持って当たれるというのは、ないですよね。分からないことは専門の医師に教えてもらったり、協力して一緒に検査・蘇生していったりするのが大事だと思っています。
おこがましい自信を持つことはやめるべきですが、落ち着いて物事に対応するのは重要です。僕は「メンタルが9割」という話をよくします。失敗すると思うとうまくいくことは絶対にないので、(テレビ朝日系ドラマ)『ドクターX』の大門未知子さんみたいに、「私、失敗しないので」というマインドは大事なんです。そう思うためには、トレーニングを毎日積み重ねて知識、技術、メンタルを鍛えることが必要です。
Q6.救急科に向いている人を教えてください
「熱い心を持った、おもろい人」です。「おもろい人」は前向きで、人が好きで、コミュニケーションが得意だと思うんです。それで、自分の中にいろいろなものをため込まず、発散できる人がピッタリですね。
実際に僕が若い医師を採用するときは、試験は一切やりません。救命救急センター・集中治療センターで1日過ごしてもらって、うちのメンバーがその医師のことを「おもろい」って言ったら採用するようにしています。
それから、常に冷静でいられて、感情にふたをして仕事ができるかどうかは、非常に大事です。僕は、2005年に兵庫県尼崎市で発生した「JR福知山線脱線事故」の現場で、陣頭指揮を執りました。乗客106人と運転士1人が死亡し、562人が重軽傷を負った事故です。その時にトリアージを実践しました。患者の緊急度や重症度に応じて適切な処置・搬送をするために、治療の優先順位を決めるわけですね。もし、あの現場に自分の子どもが巻き込まれていて、救命が困難なことを示す黒色のタグか、命に危険があって緊急に治療が必要な状態を示す赤色のタグを付けなければならなかったときに、それができるかどうか。僕はできます。そして、救急医の集団は、それができます。それができなければ現場に出てはいけないんです。どんな現場でも冷静沈着でいることができないと、救急は厳しいでしょう。
病院勤務の一日の流れ

Q7.救急科は開業に向いていますか?
救急科の医師で開業している人は何人もいます。一つは、自分がやってきたサブスペシャルティで開業する医師。それから、在宅や地域医療で開業する医師も非常に多いんですよ。救急科と真逆の印象があるので驚くかもしれませんね。でも、救急科は、地域と密接に関わっていく診療科なので、自分の働く地域のことがよく分かります。例えば、望まぬ救急搬送をされる在宅の患者が多いとか、施設に入っているけどそこには嘱託医がいないとか。いろいろな地域の課題が見えてくるので、地域を良くしたいと思って開業しているようです。僕も開業するなら、そういうことをやると思います。それが今までやってきたことの延長線上にあることですから。
Q8.もし救急科がなかったら、何科を選びますか?
外科医を続けていると思いますね。僕が育ってきた時代は、外科医がゼネラリストだったんですよ。「困ったら外科」と言われていて、そういうところがすごいと思ったので、僕はまず外科の門をたたいたんです。僕のいた鳥取大学の第一外科の雰囲気や育て方が大きく影響しているのかもしれませんが、ゼネラリストとしての外科医の存在の大きさをずっと感じていました。
Q9.他科の医師から一目置かれるのは何科ですか?
救急医は、全ての診療科の医師を仲間だと思って、リスペクトしないとやっていけないんです。いろいろな科の医師に協力してもらいながら、いろいろな科をつなぎながら、患者を救うのが僕らの仕事ですから。この科はすごいとか、周りにどう思われているとか、そういう視点で見ないようにしています。逆に救急科が一目置かれてしまっても他科と壁ができてしまって良くないので、そうならないように気を付けています。
Q10.救急科の「あるある」を教えてください
若い医師は、サブスペシャルティをどうするかを悩んでいるようです。ゼネラリストとして何か武器を持ちたい、何にしようかと。
我々の年代だと、みんなが「いつまで当直するんだろう……」「いつまで夜勤すんだ?」と思っている(笑)。でも、元気なおじさんが多くて、24時間の明けにダイビングに行く人もいる。あ、これは僕のことです(笑)。
時間の使い方がうまくて、「仕事人間」にはならないというのもありますね。プロ級のピアニストもいますし、登山をしたりマラソンを走ったり、何かを勉強したり、多くの人が趣味を持っていて自分の時間を上手に使っています。ちなみに僕は今、医療経営をある大学で勉強しています。
Q11.典型的な救急医とはどんな人ですか?
いろんな意味で「自分」を持っています。心は熱いが冷静沈着。周囲からは「冷たい」と思われることもあるかもしれません。
医学生・初期研修医へのメッセージ
専門を決めるとき、「何を」やるかだけでなく、「どのように」やるかまで考えるといいと思います。例えば、「外科を」だけではなくて、その中でも、腹腔鏡の手術で患者を治したいのか、心臓血管疾患の患者をカテーテルで治療したいのかなどを考えないといけません。自分が患者をどのように診たいのかが分かると、自然と進むべき診療科が決まりますから。
そして、誰かに言われたことで、何かに苦手意識を持ってはいけません。例えば、「お前は手術が下手くそだ」と言われたとしても、「そうか。自分は手術には向いてないんだ」と思ってはダメです。他者からの決めつけや評価を抜きにして、進路を決めてほしいと思います。