年収アップ! Uターン転職成功!!『消化器外科 男性 50歳』の場合|医師の転職成功事例

転職成功事例 マイナビドクターを実際にご利用いただいた方の体験談です。さまざまなお声をお寄せいただきました。

年収アップ! Uターン転職成功!!『消化器外科 男性 50歳』

BEFORE

年収:
1,000万円
雇用形態:
常勤
診療科目:
消化器外科
勤務体制:
大学病院
転職理由

①妻から年収アップを命じられる

②故郷の両親の面倒を見る

AFTER

年収:
2,300万円  ↑1,300万UP
雇用形態:
常勤
診療科目:
消化器外科
勤務体制:
個人病院
転職して実現できたこと

①年収が本当に倍以上に増えた

②実家の面倒も見れ、理想的なUターン転職ができた

転職に至った経緯を教えてください。

千葉県内の大学病院を経て、その後は同県の民間病院で10年近く勤務しておりました。年収は40歳になってようやく1000万円を超えました。もっと稼げる働き方もあることは知っていましたが、仕事そのものは忙しくも充実しており、今後自分が医師としてどうありたいかなどと真剣に自問することもなく気がつけば40代後半になっていました。
40歳で同じ病院の看護師だった妻(10歳年下)と結婚し、43歳のときに長男(現在小学校1年生)、46歳のときに長女(現在4歳)を授かりました。人様から見れば十分に幸せに見える生活を送っていたのですが、ある日、家族団らんのなかで子どもたちに『将来は何になりたい?』と聞くと、二人そろって『パパみたいにお医者さんになりたい』と言ったんです。それを聞いた妻は『この先どうするの?』なんて言い始めちゃったんですよ。妻は元看護師なので、医者の世界をよく知っています。要はもっと稼いでくれと言うことです(笑)。そのとき以来、「九州へのUターン転職」という考えが脳裏をよぎるようになりました。それに私は大学入学以来、親元を離れており、実家(鹿児島)の老いた両親の面倒をずっと弟夫婦に任せっぱなしだったという負い目を感じていたんですよ。そんな考えを妻に打ち明けると、もともと西日本出身の妻も大賛成してくれました。

実際に転職活動をしてみて驚かれたことは?

ネットで検索をし、なんとなく信頼できそうな紹介会社を選んで何社か登録しました。そのなかの一つが『マイナビDOCTOR』だったのですが、担当者(キャリアパートナー)のHさんがすぐに私に会いに来てくれて、喫茶店で私の考えをじっくり聞いてくれました。気がつくと私はHさんに向かって2時間も1人で話していました(笑)。妻のひとことがきっかけで始まった転職活動でしたが、いろいろ話を聞いているうちに、転職後の家族との生活が鮮やかにイメージできるようになりました。たんに私のイメージにマッチする病院の求人を提案するだけでなく、子供たちの将来の進学先や住環境まで考慮して複数の求人を提案してくれたのには驚きました。私のどんな細かい質問に対しても小気味よくレスポンスをくれるHさんには本当に支えられました。それに金銭的なことには疎かったとはいえ、自分のこれまでのキャリアを金銭的にも高く評価してくれる病院がけっこうあることに驚きました。勉強になりましたよ。

鹿児島へ移住は大きな決断だったのでは?

当初は自分自身の第二の故郷でもある千葉を離れることに抵抗はあったのですが、妻は家族全員での移住ということで大賛成でしたね。どうやら昔のナース仲間から『医師は地方勤務のほうが年収が高い』と知らされていたようです(笑)。マイナビさんからご提案いただいた勤務先は4件あったのですが、いずれも私と妻の希望条件を満たすものでした。そのうちの2件と面接を設定していただき、最後はインスピレーションで鹿児島県内の100床ほどのいわゆる個人病院に決めました。高齢者が多い地域ですが、院長の地域医療にかける思いがひしひしと伝わる面接でしたし、事務長はじめ、事務方スタッフがてきぱきと働く様子を見て、ここで働こうと直感したのです。嬉しいことに収入もほぼ倍増(2300万円)しました。頑張らねばと思います。それまで住んでいました千葉県内のマンションは売らずに、そのまま人に貸す形にして家賃収入は得られますし、今は本当に鹿児島に来て良かったと思っています。妻も喜んでいますね。ただ一つ誤算は、自然豊かな鹿児島に来てから、格段に外で遊ぶ機会が増えてワンパクになった子どもたちが、二人そろって『やっぱりお医者さんにはなりたくない』なんて言い出したことですね(笑)