白井敬祐先生(ダートマス大学腫瘍内科准教授)03|DOCTORY(ドクトリー)

DOCTORY INTERVIEW

ダートマス大学 腫瘍内科准教授

白井敬祐(しらい・けいすけ)先生

患者と医療者
立場を超えて、思いをくむコミュニケーションが
前向きな医療をつくる

生と死に臨む日常にこそ求められる“レジリエンス”
医師自身も前向きに生きるため

◆「寛容であれ」「決めつけるな」

近年、分子標的薬の登場や、薬の効果や副作用を患者個人ごとに予測するコンパニオン診断の普及などで、がんの化学療法は劇的に進歩した。ノーベル賞で話題になった免疫チェックポイント阻害薬の登場もその一例だ。それに伴い、医師・患者間のコミュニケーションのあり方も少しずつ変化している。「免疫チェックポイント阻害薬によって、僕が渡米したころならばほぼコントロール不可能とされた患者さんでも、中には長期間良好な状態を保てる例が出てきました。本当に画期的な薬で医師も患者さんも期待が大きいのですが、肺がんの場合、効果があるのはそれでもまだ全体の2割です。期待が大きい分、うまくいかんかった時のサポートの仕方が新しい課題です」。実際の診療の際は「がんはコントロールできるかもしれないけど、あなたを不死身にはできませんよ」と冗談を言うこともある。効果の大きな治療法ほど、誤解を生まぬバランスの取れた説明が必要だ。

そうして患者の心情に思いをはせ、コミュニケーションに工夫をしても、時には患者や家族に負の感情をぶつけられることはある。治療が奏功しない時、あきらめきれない思いが怒りに変わり、医療従事者に向かうケースはゼロにはできない。「よかれと思ってやってもうまくいかないことは、一定の確率でありますから。患者さんや家族にきついことを言われることも時にはあります。だから腫瘍内科医にはバーンアウトが多いと言われています」

精神的な過酷さからは逃れようのない環境で、白井さんが心に留めているのは「レジリエンス(resilience)」を保つことだ。ストレスを受けた時の心身の回復力、復元力などを意味する。

現在のダートマス大学ヒッチコック・メディカルセンターでの様子。白井さんの背後のモニターには、外来の診察室のマップが描かれており、診察中の患者はもちろん、医師、看護師も胸につける青いバッジによって「今、どこにいるか」がリアルタイムで表示される。「ここ10年、白衣は着ていません」とのこと=提供・白井敬祐さん

「緩和医療のワークショップで繰り返し教えられた言葉が二つあるんです。一つは『寛容であれ』。今晩は魚が食べたいな、と思って買い物行ったら、カレーが食べたくなること、誰にでもありますよね。気持ちは刻々と変化するんです。それと同じことで、医療でも患者さんのニーズは常に変化します。『抗がん剤はやめときます』と言ってた患者さんが、お孫さんに『がんばって』と言われて『やっぱり抗がん剤治療お願いします』となることもある。直前までチームで一生懸命作ってきた治療方針が“ちゃぶ台返し”になることもあるんですよ。そんな時に『寛容であれ』と」

「もう一つは“Don't assume”、決めつけるな、仮定するなってこと。自分のがんについて、全部知りたい人もいれば、知りたくない人もいる。さらにその人にとっての全部とは?人それぞれちがいます。確認が大事なんですね。CT撮った時、画像も見たいはず、などと決めつけたらあかん!ってこと。中には画像を見たくない患者さんもいます。何か決めるたびに必ず相手に確認、それも何回も何回も。だって今日は聞きたくないかもしれないけど、次は聞きたいかもしれんやないですか」

寛容であること、決めつけないことを日頃から実践するために必要なのは「いっぱいいっぱいにならないよう心掛けること」。それがレジリエンスを維持する方法だ。一方、自分の言い方、伝え方が原因で患者や家族との間の空気が重くなったり、すれ違っているなあと感じたりする時は「リセット」がおすすめだと言う。

「医療者は、自分の発言はいつも正しくありたいと思うあまり、『あ、今の言うたらあかんかったな……』って思っても、ついいろんな理由をつけて正当化して前に進めようとしがちです。だからアメリカでも研修医に『君ら、WiiとかPS4とかのゲームでも途中であかん!と思ったらリセットするやろ? 同じように“I'm sorry, that was not my intention.”とか、“I told you in an awkward way.”って感じで、あまりよくない言い方でしたね、もう一回、最初から説明させてください、とリセットすることをためらうな』と言ってます。この話を聞けてすごく楽になった、と言ってくれる若い医師もいます」

◆チームが真の「仲間」になっているか

白井さんの話すチーム医療のあり方、医師・患者間のコミュニケーション像は、同じ事象を異なる二つの切り口で語っているようだ。つらい現実と向き合うことは避けられない医療の現場、また治療のゴールも刻々と変わっていく中で、医療従事者も患者もどうすれば、誤解を避け、互いの気持ちを尊重し、前向きに生きられるのか――。そんな問いに全力で答えるように、白井さんから数々のキーワードが熱を帯びた口調で語られる。

曰く、患者にかける言葉は“WWW”を使えばたいていうまくいく……I wish(うまくいってほしいと思っているのですが)、I'm worried(あなたのことを心配してるんです)、I wonder(こんなやり方はどうでしょうか……)。患者や家族にきついことを言われたり、患者さんが亡くなって落ち込んだりしている時は、“You cannot make everybody happy.”(みんなをハッピーにできるわけじゃないよ)って、肩をたたいてくれる仲間がいることが大切――。「日本は医療従事者の雑談に厳しすぎませんか? 病棟で医師と看護師がしゃべってるだけでも、苦情が来るって聞きます。でも、気軽に話もできないスタッフがいい仕事ができるでしょうか。業務連絡だけでなく、他愛もない話をすることから人としてのコミュニケーションが始まるし、スタッフ間でそういう会話ができてこそ、患者さんに対してもいいコミュニケーションが作れると思うんですよね」

そうして得た、素晴らしいコミュニケーションの蓄積が、白井さん自身の医師人生も楽しく充実したものにしているようだ。その面白さ、やりがいを日本にも伝えたい、と帰国のたび、熱く語りかける。「実は当たり前のことしか言うてないんですよ、僕。でもアメリカからたまに帰ってくる奴が英語交えてバーッてしゃべると、意外と聞いてもらえるんです」。そう言って見せる茶目っ気たっぷりの笑顔も、聴衆を惹きつける大きな魅力の一つなのだろう。

1994年7月、米ミシガン大学へのアメリカンフットボール留学中の一コマ

1994年、同じくミシガン大学でフットボールのチームドクターに頼み手術見学

1994年9月、同じくアメフト留学中のミシガン大学にて。試合前の駐車場でのテイルゲートパーティ

2004年、内科研修中の合間を縫って、熱狂的なファンがいることで知られるNFL(ナショナル・フットボール・リーグ)の強豪、ピッツバーグ・スティーラーズを本拠地、ハインツフィールドで。腰にはテリブルタオル。これを振り回して応援するという

この欄の写真はいずれも白井敬祐さん提供

ダートマス大学 腫瘍内科准教授

白井敬祐先生

1997年京都大学医学部卒業
1997年横須賀米海軍病院
1998年飯塚病院
2000年国立札幌病院(現・国立病院機構北海道がんセンター)
2002年がん診療、緩和医療、医学教育を目的に渡米、ピッツバーグ大学関連病院で一般内科の研修を始める
2008年サウスカロライナ医科大学血液・腫瘍内科フェローシップを経て、同大学腫瘍内科スタッフに就任
2015年ダートマス大学腫瘍内科Associate Professor就任
専門は肺がん、メラノーマ、緩和医療

(肩書は2018年7月取材時のものです)

「Doctor=医師」+「Story=物語」+「Victory=成功、喜び」から成る造語です。第一線で活躍される先生方のキャリアや生き方に関するお話をうかがい、
若き医師たちの指針となるようなメッセージをお届けします。

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